落語の題名からは、“物騒な噺”を思い浮かべませんか。でも実は、ここに登場する泥棒は、悪人ではないようです。題名のつけ方も、さすが落語ならではのシャレが利いています。(「Newsがわかる2023年8月号」より)

【英文】
While searching for money in complete darkness, he hears the resident asking,“who’s there?” “……I don’t think I need to introduce myself.” “Comeon, tell me who you are.” “……I’ma thief.” “Don’t lie.” “I’m not lying, I’ma real thief.” “Why didyou come here?” “To steal money, of course.” “Money? I don’t have any money.”
When asked, the man says he hasn’t eaten anything for three days. He also asks the thief to kill him because he’s so hungry he can’t work. The thief replies “no” and hands him 50 sen saying,“get something to eat with this money.” The resident then says, “I’ve pawned my toolbox, and I also have to pay the rent”, and asks the thief for more money. In the end, the thief gives all the money he had,and leaves the house with an empty wallet.
【和訳】
臆病でお人よしな泥棒、夜中に貧乏長屋の一室に忍び込む。
真っ暗な中、お金を探していると「誰だい?」と住人の声。「……名乗るほどのものじゃあねえ」「いいじゃねえか、言えよ。誰だい?」「……泥棒だ」「うそつくな」「うそじゃねえ、本物の泥棒だ!」「何しに来た?」「銭を取りに来たに決まってんだろう」「銭? 銭なんぞねえや」
聞くと(金がなくて)3日の間、何も食べていないと言う。その上、腹が減って働くこともできないから、いっそ殺してくれと泥棒に頼む。泥棒は「嫌だ」と断り、「とりあえず、これで何か食べろ」と言って50銭を渡す。「道具箱を質屋に預けている」「家賃がたまっている」と男は、次々と泥棒に金を無心する(ねだる)。結局、(頼まれるまま)金を渡した泥棒は、空っぽの財布を持ってこの家を出る。


「置き泥」の噺を英語で表現すると、日常会話で使えるセンテンスがたくさんあります。特に大事なものを見ていきましょう。

「俺は泥棒だ」と言った泥棒に対して住人の男が「うそをつくんじゃねえぞ。昔からこんなことわざがあるだろ?『うそつきは泥棒のはじまり』って」と返したせりふ。うそつき=泥棒、というのは英語でも同じなんですね。ただこの噺の泥棒、実はかなりの正直者です。

泥棒に対して長屋の住人が言った言葉。「お前がやってくれたことは生涯忘れない。これまで生きてきた中で最高の日だ」。これに対して泥棒は「俺にとっては最悪だけどな」“And the worst day of my life.” と返します。

「しっかり働け!」という泥棒の去り際の言葉に対し、住人の男の「お前だけには言われたくないよ!」。You’re the last person~、「あなたが最後の人=あなただけには~されたくない」という言い回しです。

「戸を開けておくから、またいつでも(遊びに)来てくれよ」。この噺のサゲです。遊びに行ったら、またお金を取られるんでしょうね。食虫花という、虫を食べる花を思い起こさせます。本物の泥棒は一体どっち?

落語には「だくだく」「締め込み」「芋俵」「出来心」「転宅」などなど、泥棒の噺がたくさんあります。落語に登場する泥棒は、たいがいがドジで間抜けで失敗ばかりというキャラクターです。
例えば「転宅」は、忍び込んだ家の住人の女性にほれてしまった泥棒が結婚の約束をして、何も盗まずにウキウキしながら出ていくという噺。「締め込み」は、入った泥棒がけんか中の夫婦を仲直りさせるという噺。なんか憎めないでしょう?