義時の頼れる姉・北条政子とは【北条義時と鎌倉がわかる】

12月7日に発売するNewsがわかる特別編「北条義時と鎌倉がわかる」から一部をチラ見せ!

強い意志、パワフルな行動力!

父親の反対を押し切って源頼朝と結婚。将軍の御台所として、幕府を支えた北条政子。4人の子どもが生まれましたが、全員が政子より先に亡くなってしまいます。それでも政子は尼将軍となって鎌倉を支え続けます。

「承久の乱」を前に

「承久の乱」にのぞんでは、一気に京都へ攻めのぼる積極策を選びました。御家人を前にした演説では、心に響く言葉を使って、武士たちの覚悟と熱意を引き出し、幕府軍を勝利に導きました。この時、65歳でした。

義時亡き後の後継者には

義時の死後、後妻の伊賀の方が自分の息子・北条政村を次の執権にしようと動きました・リーダーとしての北条泰時(政子の甥)の資質を見抜いていた政子は、「幕府を維持するには泰時しかいない!」と重臣たちに協力アピール。その後、伊賀の方は追放されてしまいます。全幅の信頼をおいた弟・義時が1224年に亡くなると、政子はそれを追うように、翌年に69歳で亡くなりました。

本誌では政子以外にもこの時代で活躍した女性を紹介しています。「北条義時と鎌倉がわかる」は12月7日発売!