「やぶ入り」はペスト(ペスト菌による感染症。ペスト菌を持つノミはネズミによって運ばれる)が流行した明治時代後期の古典落語です。この時代、庶民の子どもの多くは、小学校を4年で修了した10歳で大きな店などに住み込みで働く「奉公」に出ます。奉公人が正月と盆に休みを取って実家に帰る「やぶ入り」は、今も正月や盆に帰省する習慣として残っています。(「Newsがわかる2023年6月号」より)
【英文】
However, when his son arrives home, Kuma gets nervous, and he couldn’t speak a word. Moreover, he is not able to even look at his son, since he is afraid to cry. The parents are both happy about their reunion, but when they look inside their child’s wallet, suspicion arises. They’re worried that maybe he has been involved in some wrong deeds. What is the true story?
【和訳】
あした、奉公に出た息子が(3年ぶりに)家に戻ってくるということで、父親の熊さんは、一晩中寝ることができない。何を食べよう、どこへ連れていこう、頭の中はまるで遠足の前日の子どものようである。ようやく朝になって、息子の帰りを今か今かと待ちかまえている。
ところがいざ帰ってくると、熊さんは緊張のあまり一言もしゃべれなくなってしまう。それどころか涙が出そうだというので、姿を見ることもできない。久しぶりの再会に大喜びの両親だが、息子の財布の中を見た時、疑いが生まれる。何か悪いことでもしたのではないか?と心配する両親。果たしてその真相は?
「やぶ入り」の噺を英語で表現すると、日常会話で使えるセンテンスがたくさんあります。特に大事なものを見ていきましょう。
奉公に出た子どもたちには、年に2日しか休みがありませんでした。この休みを「やぶ入り」と言い、その日だけは実家に帰ることを許されました。けれども、最初の2年間は一日も休みをもらえないため、初めてのやぶ入りまで3年も待たなくてはなりませんでした。
息子が帰ってくる前の晩、父親の熊さんは寝床に入ったものの、興奮して寝ることができません。そこで「もう寝たのかよ?」と聞くと、「寝てるよ」と返事が返ってきます。おかみさんも同じく寝られないんですね。
帰ってきた息子の成長した様子を見て緊張した熊さんが返した言葉。「温かいお言葉感謝いたします。本日は粗末な我が家へお越しくださり、まことにありがとうございます」。おかみさんに“Who are you speaking to?” (誰と話してるんだい?)と言われてしまいます。
「男は泣かねえ。ただ目から汗が出てるだけだ」。熊さんが息子の姿を見ることができずに畳ばかり見つめているため、おかみさんに「お前さん泣いてるのかい?」と聞かれた時の答え。この噺の後半で、息子の亀ちゃんも同じせりふを口にします。
ペストがはやっていた頃(1899~1926年)、ネズミを捕まえて交番に持っていくと懸賞の札がもらえました。この札には数が書いてあり、宝くじのように年に何回か「ネズミの懸賞」というものがあって、特等だと15円当たりました。子どもにとってはかなり大金ですから(熊さんにとっても)、こぞってネズミを捕まえては交番に持って行っていたんだそうです。亀ちゃんの財布の中に入っていた15円という大金の謎、実はこのネズミの懸賞でした。