「本は生きもの」と語る文学者の父・池澤夏樹さん。
「読書の根本は娯楽」と語る、声優、エッセイストの娘・池澤春菜さん。
読書家のふたりが「読書のよろこび」を語りつくした対話集『ぜんぶ本の話』から一部を抜粋して、全5回にわたってお二人のお話をお届けします。
読書の効能
娘・池澤春菜 そもそもなぜパパは本を読むようになったの?
父・池澤夏樹 ぼくは学校に溶けこめない子どもでね。その上、家の中でも親たちとそんなに親しくない。まわりに放っておいてもらい、一人で本を読んでいるのが一番楽しいという子だった。たまには外へも出たけど、野球やSケン(※1)に夢中になるってこともない。囲碁将棋もしない。結局、本を読んでいるのが自分にとって一番好ましい状態だったんだ。
(※1)参加者が2チームに分かれて、地面にS字を描き、相手側の宝物を奪い合う子ども遊び。
春菜 わたしも完全に同じだ。
夏樹 家にある本の数はそう多くなかったけど、途中から全集が届くようになったし、母親といっしょに出かけて向こうが何か買うと、「ずるいよ、ぼくも」とゴネて本を買ってもらう。そうしてだんだん本が増えていった。
春菜 母の罪ほろぼし……(笑)。
夏樹 彼女は、当時岩波文庫で出始めていた『ローマ帝国衰亡史』を一巻ずつ読むのをとても楽しみにしていた。だから、読み始めるとその日のおかずはコロッケに決まり(笑)。
きっと本の世界に逃避していたんだろう。苦労した人だったからね。戦争があったし、結婚して子どもが生まれたあとも、夫になかなか仕事が見つからない。せっかく見つかったと思ったら結核で入院。そこから病気になった夫を何年も懸命に看病したのに結局別れることになり、その後はずっと貧乏生活をしながら子育てをした。
いつだったか、「映画館に入るといろんなことをしばらく忘れられる」と話していたけど、本も同じで、その中に入って苦しい日常を一時でも忘れたかったんだと思う。
春菜 読書にはその効能があるよね。お祖母さまはパパの小説について、 何か感想はお話しされていたの?
夏樹 批判的なことを言わなかった。いつもまあ「面白いじゃない」って。それでも毎回その言葉を聞くたびにホッとしたな。
続きは10月16日に配信予定です。
紹介した本はコチラ
タイトル:
ぜんぶ本の話
著者:池澤夏樹、池澤春菜
出版社:毎日新聞出版
定価:1,760円
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著者プロフィール
父・池澤夏樹(いけざわ・なつき)
1945年生まれ。作家、詩人。小説、詩やエッセイのほか、翻訳、紀行文、書評など、多彩で旺盛な執筆活動を続けている。また2007年から2020年にかけて、『個人編集 世界文学全集』、『個人編集 日本文学全集』(各全三十巻)を手がける。著書に『スティル・ライフ』、『マシアス・ギリの失脚』、『池澤夏樹の世界文学リミックス』、『いつだって読むのは目の前の一冊なのだ』など多数。
娘・池澤春菜(いけざわ・はるな)
1975年生まれ。声優・歌手・エッセイスト。幼少期より年間300冊以上の読書を続ける読書狂。とりわけSFとファンタジーに造詣が深い。お茶やガンプラ、きのこ等々、幅広い守備範囲を生かして多彩な活動を展開中。著書に『乙女の読書道』、『SFのSは、ステキのS』、『最愛台湾ごはん 春菜的台湾好吃案内』、『はじめましての中国茶』、『おかえり台湾』(高山羽根子との共著)などがある。