【ニュースがわかる2024年6月号】巻頭特集は地震大国ニッポン 被害を減らすために

知的刺激のある環境を 行動遺伝学者・安藤寿康さん【やる気レシピ】

学力は遺伝の影響が大きい――。「行動遺伝学」の世界では当たり前のことらしい。「じゃあ頑張っても意味がない」と諦めるのは早計。学力だけにとらわれず、各人が持つ遺伝的素質を生かせる教育、社会こそ必要なのだと、行動遺伝学者の安藤寿康さんは説く。

――まず遺伝の基礎知識から教えてください。

◆両親の遺伝子はそのまま全部が子どもに引き継がれるわけではありません。両親それぞれの遺伝子の半分ずつが引き継がれるのです。父親と母親の平均値が表れる可能性が高いとは言えます。ただ、組み合わせはさまざまなのでばらつきは当然あります。両親とも知能が高いとその子どもも知能が高くなると思いがちですが、むしろ逆で、世の中の平均値に近づくという特性があるので、「私たちはこんなに知能が高いのになぜこの子はできないの?」と責めるのは間違いです。

――それでも知能や学力は遺伝の影響が大きいとはどういうことですか。

◆私たちが身長、体重、知能、性格などいろんな項目について遺伝が及ぼす影響を調査した結果、知能にはおおむね5割程度、遺伝が影響していることが分かりました。一方で、性格、例えば神経質かどうか、外向的か内向的か、などは3割程度です。

――知能に関しては残り半分は何が影響するのですか。

◆環境要因の総和です。知的刺激や学習を促す環境が整っている場合は、そうではない場合に比べ、同じ遺伝的素質であっても相対的に学力は高くなります。
家庭環境でいえば、親自身が知的な行動をしている姿を子どもに見せているとか、規則正しい生活が送れている、あるいは、家の中が散らかっていない、というようなことです。

――親の知的な行動とは?

◆例えば、教養のある本を読んでいる、教養番組を見る、夫婦の間で「なぜだろうね」「それはこうじゃないかしら」など物事の道理を考えようとする会話をする。子どもに読み聞かせや知的な問いかけをすることも知的好奇心を刺激します。悪いことをしても頭ごなしにしかりつけるのではなく「なぜそんなことをするの」と理由を子どもに言わせて本人に気づかせたり、一緒にテレビを見ながら「なぜ、ああなるのかしら」と一緒に考えようとしたりすることもいいでしょう。

――勉強の「やる気」に遺伝の影響はありますか。

◆あります。おおむね4割程度とされています。しかし、その子どもの遺伝的素質にぴったり合った先生との出会いがやる気を生み、成績が伸びることもあります。いわゆる「ビリギャル」(成績が学校でビリだった生徒がある先生と出会い猛勉強して有名私大に合格した実話)効果ですね。

――遺伝の影響が大きいとなると、目の前の子どもに何をしてあげればいいのでしょうか。

◆テストの点数が高い、というのは能力の一つにすぎません。社会的にはテストの点数がフォーカスされるため、その部分の遺伝的な差が顕在化しているのです。学校のテストは学校の先生が作ります。それに答える能力に、全員がマッチするとは限りません。

それぞれが持っている遺伝的素質は子どもの時はふわっとしていて形がなく、雲のようなものです。さまざまな経験を通して、思春期が始まる12歳ごろから20歳ごろまでに形が見えてくる。それが人によっては、スケートをやらせてみたら才能があったなどという形ではっきり表れてくることもある。大切なのは何か心にひっかかったものに対して適切な方向付けをしてあげることだと思います。

――具体的には。

◆例えば、歴史の中でも特に縄文土器に関心を引かれるなど、ピンポイントで面白いと思う瞬間があったとします。それで自分でいろいろ調べたりする。でも一般的な入試では、縄文時代の知識だけではだめで、歴史全体の流れや専門用語、年号を正確に覚えておかないといけない。それで歴史を研究する道を諦めてしまう子どももいると思います。心の中に芽生えたものがそこでついえてしまうのはもったいない。あらゆる能力が遺伝することを認めつつ、多彩な才能を評価する文化、社会を作っていくことが必要だと思います。そうすれば遺伝的な素質が発現する可能性が高まります。【聞き手・三木陽介】

(2020年6月29日掲載毎日新聞より)

■人物略歴

安藤寿康(あんどう・じゅこう)さん

1958年東京都生まれ。慶応大教授。慶応大文学部卒、同大大学院社会学研究科博士課程修了。専門は行動遺伝学と教育心理学。著書に『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SBクリエイティブ)、『なぜヒトは学ぶのか――教育を生物学的に考える』(講談社)など。