世界初の社会主義国「ソ連」って? 崩壊から30年【ニュース知りたいんジャー】

国際ニュースなどで、よく「旧ソ連」という国の名前を見ませんか? かつてアメリカとともに、世界を二分した大国です。今年はソ連が崩壊して30年になります。どんな国だったのか、知りたいんジャーが調べました。【長岡平助】
 

◇ロシアとは違うの?


 ソ連は、正式にはソビエト社会主義共和国連邦といいます。現在のロシアを含め、周辺のウクライナ、ベラルーシなど15か国で成り立っていました。
 豊かな人とそうでない人の差をなくそうと、19世紀に生まれた「社会主義」という考えに基づいた体制を、世界で初めてとったのが特徴です。社会主義の下では、個人が財産を持つことは制限され、土地や機械などモノを作り出す手段はみんなのものになります。
 政治は、ソビエト連邦共産党の一党独裁で、党のトップである書記長が事実上の国のトップです。国民の自由な発言や行動を取り締まるKGB(国家保安委員会)などの組織がありました。現在のロシアのプーチン大統領は、KGB出身です。


 ◇革命で生まれた国と聞いたよ


 ソ連の前身は、皇帝が治めるロシア帝国でした。当時、ロシア帝国は発展が遅れ、国民の不満が高まっていました。1914年に第一次世界大戦が始まると、不満はピークに達し、17年に革命が起きてロシア帝国は崩壊しました。その中でレーニンが率いる共産党が政権を握り、ソ連が生まれました。
 ソ連は誕生後すぐに第一次世界大戦から離れ、内戦などを経験しながら改革を急ぎました。24年にレーニンが死去すると、権力争いを勝ち抜いたスターリンがトップに立ちました。スターリンは工業を発展させ、国を強くしようとしましたが、その中で多くの人が殺されたり、自由を奪われたりしました。
 39年に始まった第二次世界大戦では、ソ連は41年にドイツが不可侵条約を破って攻めてきたのをきっかけに、アメリカなどの連合国に参加しました。45年8月、ソ連は中立条約を破ってアメリカなどと戦っていた日本に攻め込みました。このとき奪われたのが北方領土(歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島)です。


 ◇アメリカと争っていたの?


 第二次世界大戦に勝ったソ連は、戦後、勢力を広げました。また社会主義に理想を抱き、ソ連に協力を求めたりソ連を目指したりする国もありました。ソ連は、東ヨーロッパの国々を支配下に置きました。ドイツは東西で別の国になりました。首都のベルリンは大きな壁で東西に隔てられ、東側はソ連が事実上支配しました。
 勢いづくソ連と、自由な経済を目指す資本主義の大国・アメリカは対立し、にらみ合いました。冷戦といいます。
 ヨーロッパでは、アメリカを中心とする西側の安全を守る組織「NATO(北大西洋条約機構)」に対し、ソ連を中心とした東側の「ワルシャワ条約機構」が生まれました。アメリカが西側を助ける「マーシャルプラン」を立てれば、ソ連は東側を支援する「COMECON(経済相互援助会議)」を作りました。東ヨーロッパでは、ソ連に反対する動きも時々ありましたが、武力で抑えつけられました。
 冷戦下では、朝鮮戦争やベトナム戦争など、両国が対立する勢力を後押しする「代理戦争」もありました。

 ◇どうして崩壊したの?


 豊富な資源に恵まれたソ連は戦後、重工業を発展させました。しかし社会主義の下では競争が乏しく、技術の革新が遅れました。また軍事に偏った経済は、社会に大きなひずみを生みました。
 1985年に書記長になったゴルバチョフさんは、問題を解決しようと自由な経済を導入する「ペレストロイカ(改革)」を始めました。またアメリカにも歩み寄りました。1989年末に、ゴルバチョフさんはアメリカのブッシュ大統領(当時)と、冷戦の終結に合意しました。ベルリンの壁が崩れたドイツは、90年に東と西が一緒になりました。また、東ヨーロッパでは次々と政権が倒れました。
 ゴルバチョフさんは共産党の一党独裁を見直し、大統領になりました。ところが、これまでのソ連を守りたい一派のクーデターで力を失いました。代わってソ連を構成する共和国の一つであったロシアのエリツィン大統領がクーデターを鎮め、力を握りました。共産党は解散し、91年12月にはゴルバチョフさんは大統領を辞任。ソ連は15か国に解体され、崩壊しました。ソ連は国連の常任理事国でしたが、そうした国際的な地位や核兵器などは、ロシアが引き継ぎました。


 ◇核戦争の可能性があったの?


 冷戦期、ソ連とアメリカは核兵器の数や性能を競い合いました。
 アメリカに遅れること4年、1949年にソ連が原子爆弾の開発に成功すると、アメリカは52年に、より破壊力の大きな水素爆弾を開発しました。ソ連は翌年、水素爆弾の開発に成功しました。冷戦末期までにソ連とアメリカを中心に、核兵器の数は世界で7万発を超えました。
 宇宙開発の分野でも競争がありました。61年にソ連が世界で初めて宇宙に人を送り出すと、アメリカは69年に世界初の人の月面着陸に成功しました。
 ソ連とアメリカの競争は、62年にキューバ危機を引き起こしました。アメリカと仲の悪いキューバに、ソ連がミサイル基地を造ったことが発端です。キューバはアメリカのすぐ近くにある島国です。核戦争が起こるのではないかと世界中が心配しましたが、最後はソ連がミサイルを撤去しました。
 その後、ソ連とアメリカは歩み寄り、「デタント(緊張緩和)」の時代を迎えます。しかし両国は79年にソ連がアフガニスタンに攻め入ったことで、不仲になりました。
 この影響で、80年にソ連の首都モスクワで開催された夏季オリンピック(五輪)には、アメリカをはじめ日本など多くの国が参加しませんでした。4年後のアメリカのロサンゼルス五輪には、ソ連などが参加しませんでした。(2021年11月24日掲載毎日小学生新聞より)