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グローバルの窓 “No wine no beer !” ~ワインもビールもない!~

 神田外語キャリアカレッジは、神田外語大学や神田外語学院を母体とする神田外語グループの一事業体として、語学を起点にグローバル社会における課題の解決やプロジェクトを推進できる人材の育成に取り組んでいます。
今回はそんな当校の代表、仲栄司のグローバルビジネスでの体験談をお送りいたします。グローバル環境の中で仕事を進める上でのヒントや異文化についての気づきなど体験談を交えながら繰り広げられる世界には、失敗談あり、ハラハラ感あり、納得感あり。ぜひお気軽にお読みください。

 NECドイツ社は、欧州大陸をテリトリーとして事業を展開していました。事業が拡大するにしたがい、フランス、スペインがドイツの支店から日本本社の子会社として独立する中、イタリアもドイツの支店から本社の子会社として独立させようとの話が出ました。1989年末のことです。

 イタリアでは、大手顧客にディスクドライブを売り込み、100億円規模のビジネスを3年ほど継続していましたが、同大手顧客のPC事業が落ち込んだ結果、我々のディスクドライブ事業も急落しました。

 ちょうどその頃、イタリアで携帯電話サービスが開始されるとの動きがあり、我々はイタリアでのビジネスのリカバリーを図るべく、大手キャリアのSIP社(現TIM社)に売り込みを開始しました。SIP社は日本でいうところのNTTドコモに当たります。日本から事業部長、欧州部の課長に来ていただき、果敢に売り込みました。現地では、ディスクドライブの営業マネジャー(イタリア人)と共にドイツから私が出張して対応しました。イタリアに日本人出向者がいなかったからです。何度かSIP社を訪問するうち、ついに我々の携帯電話が採用されました。携帯電話のサービスは1990年4月頃に始まったと記憶していますが、我々はサービス開始時から携帯端末ベンダーとして参入できたのです。他にモトローラ、エリクソン、沖電気も選ばれました。当時はまだアップル、サムソン、ノキアが携帯電話を開発しておらず、First Comerの利点を生かし、いいポジションを確保することができました。

 受注の目途が立ち始めたころから、ミュンヘンからの短期の出張ベースではビジネスのフォローができないことから、私は毎週ミラノ、ローマへ出張しました。月曜日の朝ミュンヘンを発ち、土曜日の朝にミュンヘンに戻る生活が半年ほど続きました。

 1990年といえば“Italia 90(イタリアノヴァンタ)”の年、つまりサッカーのワールドカップがイタリアで開催された年です。仕事が終わったあと、私は一人でお店に入り、疲れた体を癒すべく、ワインを注文しました。すると“No wine”と給仕が言います。「じゃ、ビール」と言うと、今度は”No beer”ときます。「じゃ、アルコールは何があるんだ?」と聞くと、「今晩アルコールは出せない」と言うではありませんか。「なんで出せないんだ」と聞くと、「今晩はワールドカップの試合があるからアルコールは無理。水でも飲んでサッカーを楽しめ!」と言われる始末。そうなんです。アルコールが入るとフーリガン(熱狂のあまり乱闘などを起こすファン)が喧嘩をし始めるため、試合のある日は全国どのお店もアルコールを販売してはいけないルールになっているのです。これにはまいりました。

 仕方なく、私はお店で他のイタリア人のお客とアルコールなしでサッカー観戦です。この年のイタリアは、スキラッチという選手がポイントゲッターとして大活躍。スキラッチがシュートを決めると、イタリア人といっしょになって、「スキラッチ、スキラッチ!」と肩を組んで喜び合いました。スキラッチはのちにJリーグでもプレーした選手です。

 また、ファンタジスタとしてロベルト・バッジョがワールドカップにデビューした年でもあり、その後イタリアのNO.1選手となり、94年、98年のワールドカップでイタリアチームを牽引しました。バッジョはのちにJリーグにジョインするとの噂がありましたが、残念ながら実現しませんでした。ちなみに90年のワールドカップは、イタリアは3位、ベッケンバウアー監督率いる西ドイツが優勝、マラドーナのアルゼンチンが準優勝という結果でした。

ワールドカップ アメリカ大会 (メキシコ・イタリア) ドリブルするイタリアのバッジョ=米・ワシントンで 1994年6月28日

 毎週イタリアに張り付いた甲斐もあり、携帯端末事業を立ち上げることができましたが、結構ハードな仕事だったので、ワインやビールを飲んでゆっくりワールドカップを楽しみたかったと今でも思っています。

 毎週、ミュンヘンーミラノを往復する日々は、7月末にイタリア会社に出向することで終わりました。イタリアでの初の日本人出向者となりました。

※メイン画像はミラノのサン・シーロサッカースタジアム

著者情報:仲 栄司
大学でドイツ語を学び、1982年、NECに入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国にのぼる。NEC退職後、 国立研究開発法人NEDOを経て、2021年4月より神田キャリアカレッジに。「共にいる時間を大切に、お互いを尊重し、みんなで新たな価値を創造していく」、神田外語キャリアカレッジをそんなチームにしたいと思っています。俳句と歴史が好きで、句集、俳句評論の著書あり。