物の値段が上がり始めたと話題になっています。物の値段のことを「物価」といい、上がりすぎたり、下がりすぎたりしないようにするのは、日本銀行(日銀)の仕事です。「通貨の番人」といかめしく呼ばれることもあり、お金と関係が深い日銀とは、どんな存在なのでしょうか。知りたいんジャーが調べました。【岡大介】
◇日銀のATM見たことないよ?
日本銀行は、私たちが直接お金を引き出したり借りたりする普通の銀行とは違います。銀行から別の銀行へお金を送ったり、銀行にお金を貸したりする「銀行の銀行」みたいな存在です。税金を預かるなど「政府の銀行」としての役割もあります。だから日銀はATM(現金自動受払機)を持つ必要がありません。
でも、みなさんの身近に日銀が関係するものがあります。1万円などのお札です。よく見ると「日本銀行券」と書かれていて、日銀が発行しています。単なる紙切れでなく、どこでも「お金」として使えるのは、国から唯一お札の発行を認められているからです。そのぶん日銀の責任は重く、汚れたお札がまだ使えるかを一枚一枚調べ、だめなら捨てます。
多くの国には日銀のような「中央銀行」があります。世界で一番古いのは1668年設立のスウェーデンリクスバンクです。日銀は1882(明治15)年に開業しました。アメリカは少し変わった名前の「連邦準備制度理事会(FRB)」、ヨーロッパにはユーロを使う国々の「ヨーロッパ中央銀行(ECB)」があります。
◇物価やインフレ・デフレと関係あるの?
「物価」とは簡単にいうと物の値段です。ただし、一個の商品の値段でなく、たとえばおもちゃなど似た仲間の全体や、世の中の物全体の値段の動きを見ます。物価が上がると「インフレ」、下がると「デフレ」と呼びます。
インフレが進み過ぎると、持っているお金で買える物がどんどん減ります。第一次世界大戦で負けたドイツでは、分単位で値段が上がり、ビールも1杯目より2杯目が高くなるので、ぬるくなるのを我慢して一度に2杯注文したとか。ここまでくると「ハイパーインフレ」と呼ばれる状態です。
一方、デフレは値段が安くなるので、何だか良さそうですよね。でも物を売る立場でみると、値段が下がり続けたらもうけが減り、働く人の給料を上げられません。働く人は物を買わなくなり、街のお店は何とか売ろうとさらに値下げする……と、デフレがデフレを呼び、国中のお店も働いている人も元気をなくします。この悪循環を「デフレスパイラル」と呼びます。
こんなことにならないように、物価が安定し、みんなが商売や生活を安心してできるようにすることも、日銀の大切な役割です。
◇物価をどうやって安定させるの?
日銀は物価を安定させるため、お金を貸し借りする時の「金利」に注目していました。金利を下げると、返す時に上乗せして払う利子が減るので、店を広げようとか思い切った挑戦がしやすくなり、ビジネスが活気づきます。逆にみんなが元気すぎて物価上昇が止まらないと思えば金利を上げます。利子が増えるので借金に慎重になり「冒険」をためらうからです。
しかし、日本は1990年代途中から、デフレから抜け出せなくなりました。日銀が金利をゼロに下げたり、市場にお金を流し込んでインフレを促すため大量の投資商品を買ったりと、いろいろ試してもだめでした。2013年、新しい総裁になった黒田東彦さんは「2%の物価上昇」を約束し、今までと比べものにならないほど大規模に金融商品を買ってお金を世の中に流す「異次元緩和」と呼ぶ対策をしました。「番人」自らが思い切ったことをして、みんなの気持ちを切り替える作戦です。
その後、銀行が日銀にお金を預けても利子がもらえず、逆に「手数料」を取られる「マイナス金利」を16年に導入するなど手を尽くしてきました。ついに今年4月、「消費者物価指数」という物差しで物価が前年4月より2%以上、上がりました。ただ、これは石油などの資源が値上がりした上、円安で輸入品が全体に高くなったためで、給料も物価も上がるという、日銀の目指す形とは違うそうです。
◇日銀は会社?政府?
日銀は法律で定められた「認可法人」という存在で、政府でも会社でもありません。安倍晋三元総理大臣が「日銀は政府の子会社」と言って話題になりましたが、物価安定のためどんな対策をするのかは、日銀の総裁、副総裁、審議委員という9人の幹部で1年に8回、2日かけて話し合った後に多数決で決めています。政府が日銀を「子会社」のように扱って自由に指図することはできません。
ただ、この9人はみんな政府が選び、国会が賛成しないとなれません。それまでの日銀のやり方を変えたいと思い、総裁に黒田さんを選んだのは、安倍さんでした。黒田さんの「異次元緩和」は安倍さんの看板政策「アベノミクス」の「第1の矢」と呼ばれていました。このようにその時々の政府の考えに近い人が総裁に選ばれることが多いですし、日銀としても政府とバラバラで仕事をするのは無理があります。一方で政府の言いなりでは、政府がほしいだけお札を刷ったり、物価の安定という目的から外れた運営をされたりして社会が混乱しかねません。日銀は政府とは違うけれど、近いところもある、不思議な関係です。
◇日銀とキャッシュレスは関係あるの?
デジタル技術の発展で、お札やコインを財布から出さなくても、スマホのアプリを使ったり、カードを機械に近づけるだけでピピッと支払ったりできるようになりましたよね。さらには、ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)も登場しました。これは円などと違って国が関係しておらず、使いたい人の間でしか使えません。その代わり国をまたぐ送金なども簡単です。このままだと将来、「もう紙や金属のお金は不便だし使いたくない」となるかもしれません。
そこで、各国の中央銀行は「デジタル通貨」の研究を頑張り始めています。中国が今年2~3月の北京オリンピック・パラリンピックで、デジタル化した「人民元」を買い物で使う実験をして話題になりました。日銀も21年から実験を始めています。デジタルだと、普通の銀行がいらなくなり、最初の説明と違ってみなさんのスマホから日銀に直接「デジタル円」を預けたり、引き出したりできるようになるかもしれません。あるいは、日銀がデフレから抜け出すため、みんなの預けているデジタル円が毎日少しずつ減る仕組みを作り、簡単にインフレ状態にできちゃうかも。中央銀行デジタル通貨は、便利になるだけでなく、実は世の中を大きく変える可能性を秘めています。
(2022年07月06日毎日小学生新聞より)