幸せを見つける力
格差社会で人は幸せになれるのか。気鋭の財政社会学者、慶応大教授の井手英策さんは「格差はキミのせいではない。幸せになるチャンネルは身近に幾つもあって、それに気づく力をもっているかどうかだ」という。そんな思いを小学生にも伝えたいと、「ふつうに生きるって何? 小学生の僕が考えたみんなの幸せ」(毎日新聞出版)を今年2月に出版した。格差社会を生き抜くために必要な力とは――。井手さんに聞いた。【#3】
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この社会はいろいろな価値観で成り立っています。
公園のおばさんのような人も、その人なりの生き方があって、その人なりの頑張りがあって、その人なりの価値観があるんですよ。
本の最後で愉太郎はおばさんが幸せそうにパン屋さんに勤めに行く風景に出会って、「ああ、おばさん、幸せそうでよかった」と思ったときに、おばさんのような生き方もあるんだと気づくわけじゃないですか。
閉じられた、限られた価値観だけで物事を考えると、その中で幾つかで失敗すると、ぼきっと背骨が折れてしまう。そうでなくて、いろいろな価値観があれば、その中の一つ二つが挫折したとしても、他の価値観でまた頑張れますよ。
幸せになるチャンネルはこの世界にはたくさんある。幸せが見つけられないのは、たくさんの価値観に出合っていないからです。幸せは必ず自分のすぐ側にあるんですよ。それを見つける力を養うには、さまざまな価値観に触れることです。
運が悪くても貧乏な家に生まれても頭が悪くても、必ず幸せはある。この世の中に幸せなんていくらでも転がっている。それをきちんと発見できる心を社会全体でつくってあげてほしい。
金髪のパンチパーマのこずえちゃんが教えてくれたこと
――どうすればさまざまな価値観に触れることができるのでしょうか。
【井手】 僕の母がスナックやっていて、ホステスさんがたくさんいたわけです。その中にはいい人もいたし、悪い人もいたし、いろんな人がいた。
金髪のパンチパーマのこずえちゃん。客の酒に手をつけてがぶがぶ勝手に飲むような人だった。そのこずえちゃんに旅行のお土産をあげようとしてね。いつも「こずえちゃん」と言っていたのだけれど、思春期の僕はプレゼントを渡すときは「こずえさん」と呼ばなくてはいけないかと悩んで、「はい、こずえさん」とお土産を渡したんですよ。そうしたら、こずえちゃんがぼろぼろ涙を流してね、「ママ、聞いたね、聞いたね。えいちゃんがうちのことば、『こずえさん』って呼んだとよ。どんだけかわいかね、かわいかね」と言ったんです。
あのこずえちゃんがこんなに優しい人だったんだ、と気づいた瞬間に、ホステスさんを見る目が180度変わったんです。
いつも酔っ払い相手にいちゃいちゃしていたお姉さんが、その男性客がトイレに立った瞬間に、絶望的な表情をした一瞬に気づくんです。ホステスさんに偏見を持っていたら、あの表情に気づくことはなかった。僕が気づいていないだけで、「僕の知らない優しさ」が人間にはいっぱいあるんだということが分かったからこそ、その一瞬に気づけたわけです。
母の店に行くのは最初はつらかったけど、だんだん楽しくなりました。親しく話しかけるようになったら、ホステスさんがみんな僕のことをかわいがってくれるようになり、とってもいい場所に変わった。こずえちゃんとの出会いがあったからです。
ところが、こずえちゃんは酒を飲みすぎて倒れちゃいました。植物人間になって、何度もお見舞いに行ったけど・・・ひとりぼっちで死んでいきました。そんな悲しい思いも経験しました。
いろんな体験があってこその今の僕だと思う。そしてそんな体験のチャンスは、日常のくらしのなかにいくらでも転がってるんです。
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