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【ニュースがわかる2024年5月号】巻頭特集は10代のための地政学入門

ブックガイド「生命知能と人工知能」

毎日ニュースに触れている人は「人工知能(AI)」の単語はお馴染みでしょう。ですが、「生命知能」を聞いたことがある人はほぼいないはずです。これからAIでできることがどんどん増えるなかで、「生命知能」は社会を生きていく上で欠かせない力になるかもしれません。

自分の脳を育てる方法がある!?

 大学工学部で脳研究を始めた著者はエンジニアリングの方法で脳の動作原理を考察しています。ラットを用いて、脳のなかで情報処理がいかに行われているかなどを実験し、人間の「知能」や「意識」とはどういう現象なのかを研究しています。

 生命知能とは著者の定義によると「脳や生物に宿る知能」です。筆者は端的にこう書いています。

現在の人工知能は「自動化」の技術です。一方で生命知能は「自律化」のためにあります。両者は決して互いに対立する知能ではありません。実際に私たちの知能には、人工知能的な性質と生命知能的な性質が共存しています。しかし現在の人工知能は、生命知能的な性質をほとんど持ち合わせていません。

 自動化とは「あらかじめ決められたルールや作法に従い、ものごとを決めること」、自律化とは「自分でルールを決めて、それに従って物事を進めること」です。自律化は、人間であればちょっと気づけば簡単にできそうですが、人工知能はこれができないのです。

 重要なポイントは「意識があるかないか」です。「意識がある」とは一見自明のように思えますが、どういう状態なのでしょうか。それを理解するためには脳がどのような仕組みで働いているのかの理解が欠かせません。

 脳は複雑な情報処理システムといえる器官です。大脳皮質(ひろげると新聞紙1頁くらいだそうです)に情報処理を担う神経細胞が100億個(!)も収容されていて、互いに電気信号を送り合っています。神経細胞は長さ1マイクロメートル程度の配線である軸索を介して情報を伝えますが、1ミリ角の脳組織に含まれる軸索の長さは4キロ(!)にもなるそうです。

 脳の中では、神経細胞が出力した「活動電位」発生の繰り返し、つまり化学反応が起きています。何も活動せず、ぼーっとしていても活動電位は計測されます。自発活動といわれ、これも人工知能にはできないことなのです。

 反応ですから入力と出力のあいだには処理時間が生じます。著者はある有名な生理学者の実験を紹介します。それによると処理時間は500ミリ秒。つまり、私たちはいまある世界ではなく、500ミリ秒前の世界を生きているといっても間違いではないのです。ではなぜ、私たちはそのズレに気づかないのでしょう。「脳のなかでは意識の内容とその時間が別々に扱われ、最終的には意識の世界で統合される」からだそうです。

 脳は視覚や聴覚による入力情報と、これまでの記憶や経験などの内部情報に基づいて意識の世界を作っています。本書ではこの意識が行う因果性(原因と結果)を推論する能力の大きな恩恵を受けたのが、科学であり宗教であると論じています。

 生命知能と脳の働きがおおまかにわかったところで、どのように生命知能を育成できるのでしょうか。本書各章に「脳の使い方・育て方のヒント」が載っています。このまとめだけでも興味深いですが、終章「強い生命知能と豊かな意識を育てるために」の「人工知能時代のチェックリスト」はぜひ読んでみてください。以下一部を引用します。

〇人工知能的になりすぎていませんか?既存の評価軸を闇雲に信じていませんか?
〇自律性を忘れていませんか?考えや行動を自ら作り出していますか?
〇評価軸を自分で決めていますか?生きるうえで、たくさんの評価軸を持っていますか?
〇知識や経験を貪欲に吸収していますか?
〇受け取った情報から、自分なりの情報を意識の世界に作っていますか?
〇重要そうな情報を抜き出し、因果性を見出していますか?

 これらをことあるごとに思い出し自らの行動に照らしてみることで、既存の枠組みにとらわれない新しいアイデアや思考が生まれてくるはずです。(成相裕幸・ライター)

紹介した本はコチラ

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生命知能と人工知能

著者:高橋宏知 出版社:講談社 定価:1980円 

著者プロフィール

高橋 宏知(たかはし・ひろかず)

1975年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科(知能機械情報学)准教授。
東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻博士課程を修了。工学博士。東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻助手、科学技術振興機構さきがけ研究者(「脳情報の解読と制御」領域)、東京大学先端科学技術研究センター講師・准教授などを経て現職。福祉工学、感覚代行デバイスの開発、聴覚生理学など、医学・工学の境界領域の研究に従事。生体医工学会、電気学会、北米神経科学会等会員。著書に『メカ屋のための脳科学入門―脳をリバースエンジニアリングする』『続 メカ屋のための脳科学入門―記憶・学習/意識編』(ともに日刊工業新聞社)。(本書プロフィールより)