スクールエコノミストは、私立中高一貫校の【最先進教育】の紹介を目的とした「12歳の学習デザインガイド」。今回は桐朋中学校を紹介します。
ロマンに満ちあふれた化学の世界 自由な校風の中で好奇心を喚起させる
<3つのポイント>
①化学を通し、深い思考力と知識を培い、正しい判断力を育成
②身の回りのすべてに関わる化学を入口に教養、視野を広げる
③各分野で活躍するOBとの「在卒懇」で大学の先の進路を考える
発達過程に合わせた理科カリキュラム
創立以来の伝統として生徒の自主性を育む桐朋中学校・高等学校。自由な校風でも知られ、周囲を巻き込む力を発揮して心に芽生えた興味関心事に臆することなく取り組むことで、様々な成果をあげている。昨年は「全日本高校生模擬国連大会」で最優秀大使賞を受賞し日本代表に選ばれた。また東京大学への進学を果たした化学部の生徒は、部内で自主的に仲間を集めて勉強会を開催。化学だけでなく数学など他の教科も取り上げるなど、先輩後輩・教科の枠を超えた自由な学びを繰り広げている。
生徒だけではなく、桐朋には独自の教員研修制度があり、希望する教員が大学院や海外の大学などで研鑽を積むことができる。研修で得た最新の研究成果は通常授業や「特別講座」を通じて生徒にも還元している。特別講座は生徒のアカデミックな興味関心を引き出し、学ぶ楽しさ、ワクワク感を喚起させる機会となっている。
桐朋の中学理科の教育目標は、深い思考力と知識をベースとした、正しい判断力の育成だ。物理、化学、生物、地学の各分野の学習をそれぞれの専門の教員が担当する。中1、2では主に身近なものや目に見える、手にとれる題材を扱う物理と生物を学ぶ。中3では、ミクロやマクロな世界などを題材により抽象度の高い地学と化学を学び、見えないものに対する想像力を養う。
また「数学的思考に偏った生徒に対して、科学的思考を育むことも大きな課題」と語るのは化学科の柿澤壽教諭。サイエンスの世界では、最初に実験・観察の結果があり、これを理論的に説明することが求められ、そこには“誤差”という概念がある。例えば、実験結果をグラフに表す際、測定したデータの点をすべて折れ線で結んだ直線にしてはいけないが、数学的思考力に偏った生徒はどうしても折れ線のグラフを作成しがちになる。そのため、オリジナル教材や実験を通し、できるだけ早い段階での科学的思考力の育成に注力する。
すべてのものに関係する ロマンあふれる化学の世界
化学的実験を授業の3分の1から半分ほど実施する桐朋。気体、酸、塩基の性質を調べる定性的な実験とともに分子の大きさを測定するなど定量的な実験も体験させ、科学的・論理的な理解を深める。また意識的に本物を見せることも重視。「ガスコンロの火量の調節、マッチの着火などは日常生活での経験がないため過度に危険と考える生徒も多い。安全を担保しながら熱さや匂いなどを体感させることは五感を鍛えることにつながる」と柿澤教諭。
化学実験で使用する簡単なガラス器具はガラス管を自ら加工し、それを1年間使用させるのも伝統だ。軍手を使わず製作するのは、火傷しないためにはどうすればいいか、を考えさせるため。「“ものづくり”は化学の基本」と語る柿澤教諭。最先端になるほど既存の実験器具は役立たず、研究者自らが試行錯誤して作り上げる。アナログを通じて五感を研ぎ澄ます経験は、ものづくりのセンスを磨く機会ともなるのだ。
中3になると理屈や理論を理解し、学問として今学んでいることが面白くなる生徒も増える。さらに高校生になると教科横断的に思考・知識が他教科とつながり始める。この段階になると“すべてのものに関係する”化学の面白さとその幅広さに気付き、化学好きの生徒も増えていく。すると有志で放課後に実験したいと希望する生徒や、大学レベルの専門書を読む生徒など、自主性を持って化学と向き合い始める。
現代における様々な社会問題、環境問題の悪い側面には化学が影響するものも多い。しかし、その一方で、それを解決するのも化学だ。「生徒たちが生きる未来では、専門性とともに幅広い視野、教養が求められる。専門を学ぶのが大学だとすれば、視野を広げ、幅広い教養を身に着けるのは中高時代にほかならない。あらゆる分野とつながる化学を入口にできれば、興味関心の薄い分野、あるいは関心のある分野も別のものに見えてくる。化学を学ぶことは、身の回り全てを学ぶことに通じる。未知の科学現象の仕組みを解き明かしたり、今起きている社会の問題も化学的視点から解決を見出すことができるかもしれない。そのような化学のロマンを生徒たちに伝えていきたい」と柿澤教諭は思いを語る。
輝かしい入賞実績を持つ化学部を積極的にサポートするOBネットワーク
これまで化学グランプリ金賞、銀賞、銅賞、国際化学オリンピック代表次席のほか、日本化学会関東支部支部長賞などの実績を誇る化学部。理系文系問わず、中1から高3までが所属し、昨年度も化学グランプリで銀賞を受賞している。
活動は一人一つの研究テーマを基本に個人やチームで興味関心のある研究を行う。また部員同士の交流を兼ねた定期勉強会も行われており、中1生へ上級生が研究の方法などを伝える取り組みもしている。そのほか、生徒会の役員であった化学部主将が近隣の小学生向けセミナーを企画して開催。文化祭での展示、実験では研究成果のみならず、「いかに安全を担保したうえでお客さんを楽しませる実験を行うか」にも部員全員で議論を重ねたという。
特筆すべきは化学部OBとの交流だろう。化学部OBには東大をはじめ旧帝大の大学生、大学院生、あるいは大学教授、一般企業の研究部門など化学の最先端に携わる人物が多い。コロナ禍で中断はしているが化学オリンピック対策をはじめOBが講演をする勉強会も定期的に行われる。また、日々の研究の行き詰まりや、疑問などに対する質問、訪問などにも個別に対応してくれるという。部員が持つ興味、探求心を校外から支える頼もしい存在だ。
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