コロナ禍の今こそ振り返る 後藤新平と西郷菊次郎②

水を治める先人たちの決意と熱意、技術に学ぶ 【西郷菊次郎編】

文・緒方英樹(理工図書株式会社顧問、土木学会土木広報センター土木リテラシー促進グループ) ※後藤新平編はこちら

 そんな後藤と同時代、行政官として活躍したのが西郷菊次郎(1861-1928)です。NHK大河ドラマ「西郷どん」にも登場した、西郷隆盛の長男です。隆盛が奄美大島に流されていた時に、地元の娘、愛加那との間に生まれ、父・隆盛と西南戦争に従軍して右足を失っていました。

 菊次郎は、後藤が台湾に着任する1年前の97(明治30)年、台湾東北部の宜蘭(ぎらん)庁長(知事)として赴任しました。当時、宜蘭では、毎年雨期になると宜蘭河が氾濫して農民を苦しめていました。菊次郎は民衆の信頼を得る第一歩として、宜蘭河の治水を地域住民に説き続けました。地域を水害から守り、流域を灌漑して田畑を潤せば乱れた人心も鎮まり、暮らしも豊かになると考えたのです。

 しかし、湿地帯に堤防を築くのは難工事です。巨額の費用もかかります。それでも、必死の熱情で総督府を動かし、事業が着工したのは1900(明治33)年4月でした。延べ約8万人による工事は、モッコや天秤棒で土や石を運ぶ人海戦術で、杖をついて監督する菊次郎の姿に地元の人たちは心打たれたことでしょう。そして、およそ1年半で竣工後、台風で堤防が決壊しないかと真夜中でも見に行ったという菊次郎の逸話も残っています。

 この河川工事で洪水対策を施した菊次郎は、さらに灌漑(かんがい)による新田開発や道路整備などを行って地域基盤を整えていきます。工事は1926(大正15)年まで続けられ、この工事で堤防の総延長は3740㌔にも及びました。