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【ニュースがわかる2024年5月号】巻頭特集は10代のための地政学入門

コロナ禍の今こそ振り返る 後藤新平と西郷菊次郎①

水を治める先人たちの決意と熱意、技術に学ぶ 【後藤新平編】

文・緒方英樹(理工図書株式会社顧問、土木学会土木広報センター土木リテラシー促進グループ) 

世界が注目した後藤新平のコレラ感染防止対策

 今、私たちの日常は非日常化して、新型コロナウイルスの感染拡大という先の見えない不安に襲われています。そして、指導者の眼差しも揺れています。ウィルスの持つ得体の知れなさと同時に、ヒトの心に宿す得体(本性)への不信も見え隠れしているようです。

 こうした世界的異常事態は前代未聞のことですが、手本はないのでしょうか。はたと思い浮かぶ人物がいます。後藤新平(1857-1929)です。

 日本では、1877(明治10)年ごろからコレラが流行し、79年と86年には死亡者数が10万人を超えました。急激な早さで死に至ることから、「虎列刺(これら)」と書かれました。一日千里を走る虎になぞらえたのです。

 内務省が発した「虎列刺病予防法心得」では、伝染病予防のため下水の溝を掃除するように指導しています。消毒には「濃厚石炭酸水」(消毒用フェノール水)が用いられましたが、コレラの猛威は全国に広まっていきました。そんな時代に救世主のごとく現れたのが後藤新平だったのです。

 後藤は、東京市長としての大改革や帝都復興の立役者など有能な行政官僚というイメージがありますが、基本的には医者であり、科学者でした。

 1889(明治22)年、内務省衛生局長、長与専斉(ながよ・せんさい)の誘いで衛生局技師となった後藤は、「国家衛生原理」を自費出版しています。33歳の時のことです。そこには「衛生」とは文字通り「生を衛(まもる)」ことであり、狭義の病気から守るだけではなく、天災や他国からの侵略から守るという広義の意味が込められています。

 1895年に臨時陸軍検疫部事務官長に任ぜられます。94年に起きた日清戦争の終結で、コレラやチフスが荒れ狂う中国大陸から帰還する兵士23万人余の検疫の責任者となったのです。

 後藤の出身地、岩手県奥州市にある同市立後藤新平記念館に、後藤が中心になってまとめた報告書があります。その中の「臨時陸軍検疫部報告摘要」によると、コレラの患者を乗せて検疫所に入港した船は121隻、患者の死者数は752人、これに停泊中に発病した患者数は821人とあります。

「その危険の恐るべきこと弾丸よりも大なるものがある」

後藤が感染症を例えた言葉です。

 前代未聞の一大検疫事業に世界も注目しました。検疫開始は6月1日。陸軍少将にして臨時陸軍検疫部長を兼ねていた児玉源太郎は後藤を登用した人物で、終始、文人である後藤を後押ししました。

 後藤の発案した「検疫作業順序一覧」というチャート図が残っており、入港した船舶は海上で検疫官の徹底的な臨時検査を受けました。また、後藤は国内3カ所に大規模な検疫所をわずか2カ月で建設します。

 その一つが、大本営の置かれていた広島市と江田島市の間にある似島(にのしま)です。検疫の建物だけで54棟、関連する建物は139棟という大規模なものでした。検疫の担当者たちに、後藤自らが注意点などを講義、検疫所をオープンする前日には、1800人の市民や地元の名士を招いて地域の不安を取り除きました。「馬匹(ばひつ)検疫所」では、軍馬の検疫まで行われました。

 後藤は3カ月間で687隻23万2346人を検疫、その半分近い258隻が伝染病患者を乗せていたのですが、コレラ感染者369人などを隔離して感染拡大を阻止しました。この迅速で的確な水際対策がなかったら、国内のコレラ患者数は莫大となっていたことでしょう。その報告を受けた当時のドイツ皇帝をも驚かせました。

 後藤の行動力は、関東大震災の際の的確でスピーディーな対応や、大風呂敷とも呼ばれた「帝都復興構想」が東日本大震災後に注目されたように、現代でも学ぶべき点が多々あるのです。

「生物学の原則」に立った台湾でのインフラ整備

 1898(明治31)年、当時、日本の統治下にあった台湾の第4代総督となった児玉源太郎は、内務省衛生局長にあった後藤新平をすぐに呼び寄せます。日清戦争からの帰還兵の検疫を短期間でやり遂げた手腕を高く評価して、民生長官として全権を託したのです。後藤が40歳の時のことです。

 科学者である後藤の方針は、「生物学の原則」によるものでした。これは、台湾を新領土とみなし、その土地や習慣を科学的によく研究・調査して政策を行うことでした。劣悪な衛生状態を改善し、港湾、鉄道、道路、上下水道など基本的なインフラの整備に総力を結集しました。

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