縄文人はスーパースター!?【月刊Newsがわかる11月号】

ハチ公の飼い主 上野先生

世せ界かいで有ゆう名めいな秋あき田た犬いぬのハチですが、意い外がいと知しられていないのが飼かい主ぬしのことです。いったいどのような人物じんぶつだったのでしょうか。(「Newsがわかる2024年1月号」より)

 飼かい主ぬしは東大とうだいの先生せんせい

 ハチが帰かえりを待まちわびていた最さい初しょの飼かい主ぬしは、今いまの東とう京きょう大だい学がく(東とう大だい)農のう学がく部ぶの教きょう授じゅだった上うえ野の英ひで三さぶ郎ろう博士はかせでした。「ハチ公こう文ぶん献けん集しゅう」などによれば、上うえ野の博士はかせは大だいの犬いぬ好ずき。体からだの弱よわいハチを自じ分ぶんのベッドの下したに寝ねかせるなど、愛あい情じょうを注そそいでいました。

 当とう時じ、博士はかせの職しょく場ばの農のう学がく部ぶがあった駒こま場ば(目め黒ぐろ区く)へは、自じ宅たくから歩あるいて通かよう博士はかせに付つきそい、出しゅっ張ちょうの時ときなどは渋しぶ谷や駅えきまで送おくり迎むかえしていたそうです。ところが、上うえ野の博士はかせは1925年ねん5月がつ、学がく内ないで倒たおれ急きゅう死し。上うえ野の博士はかせとハチが一いっ緒しょに暮くらしたのは、わずか1年ねん4カ月げつでした。

東京都文京区の東大弥生キャンパスに建つ上野英三郎博士に飛びつくハチを再現した銅像。ハチの没後80年にあたる2015年に東大の教授有志らによって建てられた=東大本部広報課提供

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