水面にぷかぷか浮きながら、おなかの上で貝をコンコン――。一時ブームを巻き起こしたラッコですが、今や全国の水族館で、飼育数は3頭だけになってしまいました。三重県の鳥羽水族館でラッコ飼育歴39年のベテラン飼育員、石原良浩さんに、ラッコの生態や減少の理由などについて教えてもらったんジャー。【長尾真希子】
◇ラッコってどんな生き物?
イタチ科の哺乳類で、アメリカのカリフォルニア州やアラスカ、カナダ、ロシア、千島列島や北海道などの北太平洋沿岸に生息し、カリフォルニアラッコ、アラスカラッコ、チシマラッコの3亜種がいます。主食はエビ、カニ、ウニ、貝類、泳ぎの遅い魚など。冷たい海で体温を保つため、一日に体重の30%程度の量を食べる大食漢です。
ラッコといえば、海に浮きながら、おなかの上に石を置いて貝などを割って食べる仕草が有名ですが、クジラやイルカなど海にすむ哺乳類の中で唯一、道具を使える動物です。
「食べ物によって石の大きさを変えたり、貝と貝をたたきつけて割ったりと、工夫ができる頭のよい動物なんです」と石原さん。
「鳥羽水族館のメイは、脇の皮膚のたるみをポケットにして小さな貝殻をためています。落ちないように、大きな貝殻でふたをする工夫を自分で編み出したんですよ」といいます。
◇なぜ浮いていられるの?
冷たい海にすむラッコですが、アザラシなどのような皮下脂肪がなく、たくさんの毛で体温を保っています。ガードヘアという太くて長い表面の毛と、アンダーファーという繊細で短い内側の毛が、全身に8億~10億本も生えています。この毛の間に空気の層を作って保温し、同時に水に浮く力を得ているのです。
「わずか1㌢㍍四方に毛穴が2000個あり、10万~15万本の毛が生えているというから、驚きですよね。ラッコは地球上で一番毛が多い動物と言われています」と石原さん。
ラッコはあおむけで水面生活をしていて、育児や授乳もおなかの上でします。5~10㌔㌘の子どものラッコを乗せても沈まないそうです。それだけに、常に毛づくろいをして、毛の汚れと古い毛を取り、毛の間に空気を入れていないと、水がしみこんでしまい、命に関わるといいます。「ラッコは一年中、毛がわりをしています。ラッコが潜った時、毛から気泡がキラキラと出ます。そんなところも小学生のみなさんに観察してほしいです」
◇日本の水族館に3頭しかいないのはなぜ?
日本には現在、鳥羽水族館のキラ(メス・14歳)とメイ(メス・18歳)、福岡市の「マリンワールド海の中道」のリロ(オス・15歳)の3頭しかいません。
一時は国内28か所で122頭も飼育され、ラッコブームを巻き起こしました。「アメリカから野生のラッコを約100頭輸入し、200頭以上繁殖させて、数が増えました」。しかし、「アメリカの海洋哺乳類保護法で野生のラッコの捕獲ができなくなり、1998年に輸入が途絶えました」と石原さんは説明します。
加えて、水族館育ちのラッコは世代を重ねるうちに、繁殖能力が下がってきたといいます。「交尾ができないオスや、妊娠しない、もしくは流産してしまうメス、母乳が出ずに赤ちゃんが衰弱死してしまうといったケースもみられるようになりました」
繁殖が可能な年齢は、メスが16歳、オスは20歳ぐらいまでとされます。「じゃあ、リロとキラを繁殖させたら?」と思う読者もいるかもしれません。しかし2頭は同じ両親から生まれたきょうだいだといいます。「近親交配をしないよう、血統登録書を作って管理しています。定期的に新しい血統を入れないと繁殖は難しいのです」
◇野生のラッコは絶滅寸前なの?
ラッコは現在、国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種に指定されています。18世紀後半から20世紀初頭にかけて、断熱性が高く柔らかい毛皮が目当ての密漁や乱獲が行われ、一時は絶滅寸前にまで追い込まれました。
1911年に日本、ロシア、カナダ(当時はイギリス)、アメリカの4か国が「オットセイ保護条約(ラッコおよびオットセイ保護国際条約)」を結び、その後もアメリカの海洋哺乳類保護法などで禁猟や生息地の保護が進んだため、ラッコの数は少しずつ増えつつあります。
一方で、89年には最大の生息地のアラスカでタンカーが座礁して原油が海に流出し、3000頭前後のラッコが死んだと推定されています。
◇水族館から消えてしまうの?
アメリカでは、親からはぐれたラッコの赤ちゃんを毎年数頭保護する取り組みをしています。ラッコの赤ちゃんは一度、人工哺育をすると、野生に返すことはできなくなるため、アメリカ国内の水族館で展示するほか、近年ではデンマークやフランスなど国外への輸出も始まっています。「日本の水族館からラッコがいなくなるのは避けたいので、日本でも検討中です。ただ、ラッコの輸送には膨大なお金や時間がかかる上、温度管理などの取り扱いが難しいため、慎重に計画しないといけません」
明るい兆しもあります。絶滅したと言われていた北海道のチシマラッコが、近年戻ってきているそうです。現在、北海道大学や京都大学と共同で調査しているという石原さん。「保護すべきラッコが現れた時のため、何らかの対応ができる体制は整えておきたいと考えています。そのためには、アメリカのようなシステムを確立しなくてはならないなど、たくさんの課題があります」と指摘します。
(2022年8月24日掲載毎日小学生新聞より)