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【ニュースがわかる2024年5月号】巻頭特集は10代のための地政学入門

グローバルの窓 “Amazing ” ~雪のアルプス越え~

神田外語キャリアカレッジは、神田外語大学や神田外語学院を母体とする神田外語グループの一事業体として、語学を起点にグローバル社会における課題の解決やプロジェクトを推進できる人材の育成に取り組んでいます。
今回はそんな当校の代表、仲栄司のグローバルビジネスでの体験談をお送りいたします。グローバル環境の中で仕事を進める上でのヒントや異文化についての気づきなど体験談を交えながら繰り広げられる世界には、失敗談あり、ハラハラ感あり、納得感あり。ぜひお気軽にお読みください。

 1983年にNECへ新卒で入社して3年目の1985年、ミュンヘンに出張していたときのこと。ハードディスク部の事業部長や私の上司、それにドイツ会社の社長(日本人)に営業部長のハーター(ドイツ人)など、計6人がキャラバンを組み、欧州の会社にハードディスク製品の売り込みをかけていました。イタリアの会社を訪問した一行は、翌日はミュンヘンのシーメンス社を訪問する予定で、私はミュンヘンで一行を迎えるため、待機していました。

 ところが、一行から夜に連絡が入り、ミラノからミュンヘンへ移動するフライトがミラノ特有の霧の発生でキャンセルになったとのこと。受注が獲れるかどうかの瀬戸際、10人以上のシーメンス社のキーパーソンに出席いただくよう、翌日9時からプリンターの商品紹介と合わせ3時間のミーティングをアレンジしていました。さあ、困った、どうしよう、とミュンヘン側では混乱状態。しばらくして一行からまた電話が入り、翌朝朝一のフライトも飛ぶかどうかわからないので、2台の車でミラノからミュンヘンへ向かうというのです。その場合、ブレンナー峠のアルプス越えをしなければなりません。悪天候で大丈夫なのか、ブレンナー峠では雪が吹き荒れていたのです。

 2台のレンタカーの運転手はハーターと私の上司。ハーターは左ハンドルに慣れているからいいものの、私の上司は日本とイギリスの右ハンドルの経験しかありません。しかし、私の上司は「やるしかない」と運転手役を引き受けました。その夜、私は一行のゆくえが心配でほとんど眠れませんでした。携帯電話もない時代です。翌朝8時になっても連絡はありません。我々ミュンヘン側で打てる手は、とにかく最初にプリンター製品のプレゼンをおこない、一行の到着を信じ、できるだけ時間を稼ぐしかありませんでした。

 プリンター部門の営業部長のヴァイトに事情を告げ、ゆっくりプレゼンしてもらいました。シーメンス社には「今、一行は車でミュンヘンに向かっていて、もうすぐ到着する予定」と説明しました。シーメンス社にはこの日のために我々から無理を言って時間を調整してもらっていただけに、ミーティングが流れてしまうとせっかくの機会を逸するだけでなく、もう二度とこのような機会に応じてくれないリスクがありました。冷や汗握る状況の中、10時を少し過ぎたくらいでしたでしょうか、ドアが開き、一行が雪崩れ込んできたのです。

 徹夜で一睡もしていない6人は、しかし、生き生きとしていました。「みなさん、お待たせしました。雪のブレンナー峠を越えて、今、ミュンヘンに到着しました」とハーターが告げました。そのとき、シーメンス社のみなさんからいっせいに拍手が沸き起こりました。“Amazing !”ということばとともにねぎらいのことばが飛び交いました。このような雰囲気でプレゼンテーションが始まったものですから、どんどん前向きな議論となり、注文の確約までとんとん拍子に進みました。

 日本人5人とドイツ人のハーターの一行の気力、体力はほんとうに驚くほどでした。このミーティングからシーメンス社が我々の会社に発注をし、市場の流れが一気に変わりました。ゼロから一年後に年商100億円を達成できたのは、まさにこの「雪のアルプス越え」に拠るところが大きかったのです。

 この年の中期計画で、欧州事業部長はこのいきさつを私にまとめるよう命じ、全社中計の場で講談するかのように説明をしました。中計のタイトルはもちろん「雪のアルプス越え」です。

 今でもあの日のシーメンス社のオフィスでの時間と“Amazing !”の声は忘れません。今振り返れば、あのときが我々のハードディスクドライブ事業の分水嶺だったように思います。あそこは無理してでもチャンスを掴むタイミングだったのだと。

 日本も現地(ドイツ)も一体となって獲得した受注。しかもドイツの最大手のお客様からの受注は、我々が業界トップに躍り出る起点となりました。「雪のアルプス越え」は、私のビジネス経験の中でも最も劇的な瞬間、まさにAmazing !な出来事でした。

※画像はJEAN-PIERRE CLATOT / AFP

著者情報:仲 栄司
大学でドイツ語を学び、1982年、NECに入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国にのぼる。NEC退職後、 国立研究開発法人NEDOを経て、2021年4月より神田キャリアカレッジに。「共にいる時間を大切に、お互いを尊重し、みんなで新たな価値を創造していく」、神田外語キャリアカレッジをそんなチームにしたいと思っています。俳句と歴史が好きで、句集、俳句評論の著書あり。