「本は生きもの」と語る文学者の父・池澤夏樹さん。
「読書の根本は娯楽」と語る、声優、エッセイストの娘・池澤春菜さん。
父娘のふたりが、「読書のよろこび」を語りつくした対話集『ぜんぶ本の話』から一部を抜粋し、ご紹介します。
最終回となる今回は、「本を好きになる」ために、どうしたらいいかをお二人から教えていただきました。
読書の根本は娯楽
父・池澤夏樹 まず手の届くところに本があること。それは家にある本でも図書館本でもかまわない。
娘・池澤春菜 そして読むのがおっくうにならない本を選ぶこと。
「ふだん本を読まないから、なかなか進まないし眠くなる。間があくと前に読んだところを忘れてる。どうすればいいの?」って訊かれることがあるけど、それってピアノの練習をしたことがない人が「エリーゼのために」を弾くようなものだと思う。
まずはドレミを弾くことから始めましょう。最初からできない曲を弾けと言われるのはつらいもの。挫折感を味わうから途中でやめちゃうし。それなら『ジャングル学校』から読めばいいんです。
夏樹 カントの『純粋理性批判』はあとでいい(笑)。
春菜 仕事で本を読む人もいるけれど、基本的に本は純粋に楽しみで読むものだと思う。だから、いつまでも「ようねんぶんこ」を読み続けたって全然かまわない。
夏樹 読んでいるうちに、自然に次の段階に行きたくなるからね。
春菜 外では美食家のふりして家ではマヨネーズを飲んでいる人だっているかもしれないし、いいんですよ。その人にとってマヨネーズを飲むことが喜びなら、家の中では誰はばかることなく飲めばいいの(笑)。
夏樹 高価なものじゃないしね(笑)。ぼくがよく言うのは、たとえ名作とされている本でも、読んでみてつまらなければ途中でやめていいってこと。無理して読む必要は全然ない。それは今の自分の咀嚼力に合わないんだから、いったん置く。それでも、ちょっとかじっておけばあとで効いてくるから。十年たって、「前にのぞいてみたな」ってもう一度開くと、今度はわかるってことがよくある。
春菜 そうすると、前に読んだ時になぜわからなかったのかもわかる。本には読むべきタイミングがあるってことよね。
夏樹 出会うべき時がある。だから、「子どもに本を読ませたい」という親御さんには「無理に最後まで読ませなくていいですよ」と伝えたい。
春菜 一冊読み通せる本が出るまで、いろいろ与えてみる。「図書館で好きな本を好きなだけ読んでみたら?」でもいい。
夏樹 そうそう。
春菜 そういえば、子どもの頃に本を読んでいると、ふつうは大人から「えらいね」って言われるけど、うちではそんなことなかったね(笑)。
夏樹 そうだったね。だけど「読書はえらい」というのは、かつての教養主義の名残でね。各家庭で居間に文学全集を並べていた時代は、「本を読むことでワンランク上の人間になれる」と思われていたんだよ。「本を読むと社会的に立派な人間になれる」って。昔、文学全集がいくつも出た背景にはそれがあった。
ところが1970年代に角川春樹が登場して、教養主義の信仰をぶっ壊して消費主義に舵をきった。それは今も続いている。とはいえ教養主義の片鱗がまだいくらか残っていたから、2007年になってぼくが編纂した世界文学全集が出たんだけどね。
春菜 読書の根本は教養でも消費でもなく娯楽。それでいいと思う。
難しい本を読むのが娯楽という人もいれば、日常とかけ離れた物語に没頭するのが娯楽という人もいる。共通しているのは「読んでいることが好き、幸せ」って気持ち。それがないと続かない。
写真・毎日新聞出版
夏樹 その幸せな感じが、『ムギと王さま』の絵を見るとよくわかるね。
春菜 いい絵よね。わたしも屋根裏部屋ではこんな感じでした。
紹介した本はコチラ
タイトル:
ぜんぶ本の話
著者:池澤夏樹、池澤春菜
出版社:毎日新聞出版
定価:1,760円
書店、毎日新聞販売店でお買い求めいただけます
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著者プロフィール
父・池澤夏樹(いけざわ・なつき)
1945年生まれ。作家、詩人。小説、詩やエッセイのほか、翻訳、紀行文、書評など、多彩で旺盛な執筆活動を続けている。また2007年から2020年にかけて、『個人編集 世界文学全集』、『個人編集 日本文学全集』(各全三十巻)を手がける。著書に『スティル・ライフ』、『マシアス・ギリの失脚』、『池澤夏樹の世界文学リミックス』、『いつだって読むのは目の前の一冊なのだ』など多数。
娘・池澤春菜(いけざわ・はるな)
1975年生まれ。声優・歌手・エッセイスト。幼少期より年間300冊以上の読書を続ける読書狂。とりわけSFとファンタジーに造詣が深い。お茶やガンプラ、きのこ等々、幅広い守備範囲を生かして多彩な活動を展開中。著書に『乙女の読書道』、『SFのSは、ステキのS』、『最愛台湾ごはん 春菜的台湾好吃案内』、『はじめましての中国茶』、『おかえり台湾』(高山羽根子との共著)などがある。