今年のノーベル賞は、日本人研究者2人の受賞が決まりました。生理学・医学賞の坂口志文・大阪大学特任教授と、化学賞の北川進・京都大学特別教授です。世界的に素晴らしいと評価されたそれぞれの研究を、くわしく紹介しましょう。
生理学・医学賞、坂口さんの研究は?
生物に備わっていて体を守る「免疫」という機能に関するものです。この機能にかかわる免疫細胞は、体の外から侵入する細菌やウイルスを攻撃してやっつけます。ただ、自分の正常な細胞を誤って攻撃して、病気を起こしてしまうこともあります。こうした病気を医学で「自己免疫疾患」といいます。
1970年代、マウスから「胸腺」という部分を取り除くと、免疫細胞が自身を攻撃する自己免疫疾患のようになるという研究結果を、愛知県がんセンターの西塚泰章さんたちが論文にしていました。
京都大学の大学院生だった坂口さんはこの論文を読み、何か重要な仕組みがあるはずだと強い興味を持ちます。そして大学院を中退し、仕組みを追究しようと、西塚さんのもとへ移って研究を始めます。
坂口さんは、胸腺で作られ、さまざまな種類のある「T細胞」の中に、自己組織への攻撃を抑える役割をもつタイプがあるのだろうと推測しました。
何年もかけて、研究場所も移りながら、マウスで実験を重ねます。そして、「CD25」というたんぱく質を表面にもつタイプのT細胞が、攻撃を抑えていることを発見しました。1995年に論文を発表。後に、この細胞を「制御性T細胞」と名付けました。
ノーベル賞受賞の決まった坂口志文さん(左)と北川進さん。受賞決定を機に、2人が卒業した京都大学で対談があり、握手を交わしました=京都市左京区
「免疫」って何?
私たちヒトを含む生物に備わる、体を守る仕組みです。そのためにはたらく細胞を「免疫細胞」といいます。
免疫細胞は主に、骨の中の骨髄という部分で作られ、血管などを通って全身へ運ばれます。細菌やウイルス、がん細胞などを見つけると攻撃します。免疫のおかげで、病気を防いだり、病気になっても重くならずにすんだりできます。
今の季節、みなさんの中にはインフルエンザワクチンの接種を受けた人もいると思います。これは、インフルエンザの流行に備えて、体の免疫の機能を高めるためのものです。
ヒトの血液には、赤血球、白血球、血小板などの成分があります。このうち白血球が免疫細胞です。
白血球は細かく分類され、その一つに「リンパ球」があり、さらにその一部に「T細胞」があります。坂口さんが研究する「制御性T細胞」もその仲間です。
病気の治療にも役立つの?
体の中にある制御性T細胞を増やしたり、逆に減らしたりすることで、自己免疫疾患を治す研究が活発になっています。坂口さん自身も、がんの治療法開発を進めています。
制御性T細胞を減らすことでがん治療に役立ちそうな薬の一つが、慢性骨髄性白血病の治療薬「イマチニブ」です。
白血病は、血液ががんになる病気です。坂口さんらは2019年、イマチニブが白血病の原因細胞だけでなく、がん細胞を守る制御性T細胞も攻撃することを明らかにしました。制御性T細胞を減らせば、免疫細胞が白血病以外のがん細胞を攻撃しやすくなり、がんの治療になると考えられます。
一方、増やすことで治療できる病気の一つが1型糖尿病です。膵臓の細胞が免疫細胞による攻撃で破壊されて起き、幼い頃に発症する人が多いです。制御性T細胞を増やして免疫細胞による攻撃を抑えることで、治療への道が開けると期待されています。
化学賞、北川さんの研究は?
内部にたくさんの微小な穴があり、気体の分子(とても小さい粒)を出し入れできる「金属有機構造体(MOF=Metal―Organic Framework)」を開発しました。
金属のイオン(プラスの電気を帯びた状態)が、有機物(炭素を含む物質)の鎖である有機分子でつながった物質です。ジャングルジムのような格子状をしています。1989年、今回ともに受賞するオーストラリアの研究者が発表しました。ただ、当時は、格子の間が液体で満たされていないと崩れてしまいました。
1988年に研究を始めた北川さんは、金属のコバルトと有機物を組み合わせ、液体を抜いても壊れないタイプを開発。そこへ気体分子を自由に出し入れすることにも成功しました。このMOFは0.4~2ナノメートル(ナノは10億分の1)ほどの空間がたくさんあります。圧力を加えたり下げたりして、自由に気体を出し入れします。1997年に研究成果を発表しました。
さまざまな金属有機構造体(MOF)=2024年9月
MOFは、どんなことに使える?
たくさんのナノサイズの空間に、酸素やメタンなどさまざまな気体をつかまえて閉じ込められます。
二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出削減が欠かせない21世紀を北川さんは「気体の時代」と表現します。地球規模の課題の解決が期待されます。
気体分子を閉じ込められる材料は、消臭剤などで活性炭が使われてきました。しかし木材など天然素材でできているので、空間の大きさを自由に変えるのが難しいのです。これに対してMOFは、原料となる金属や有機物の種類によって、内部空間の大きさや吸着できる物質を変えられます。
北川さんを化学賞に選んだスウェーデン王立科学アカデミーは「PFAS(水道水への混入が問題になっている有機フッ素化合物)や、体内への医薬品の配達、極めて有毒なガス処理など」に使えるとして、高く評価しました。
実用化も進んでおり、ヨーロッパでは野菜や果物の腐敗を防ぐ製品ができました。果物などからはエチレンガスが出て腐る原因となります。この製品はエチレンガスの働きを防ぐ気体をためたMOFから、気体を放出して鮮度を保ちます。危険なガスを大量に運んで保存できるボンベもアメリカで商品化されました。
(2025年11月26日毎日小学生新聞より)
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ノーベル賞の坂口志文さん、北川進さん 何を発見?どんな研究?【ニュース知りたいんジャー】
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