日本列島の南岸を流れる世界最大級の海流「黒潮」。2017年以降、大きく蛇行する動きを見せていましたが、気象庁は5月、この動きに終息(終わること)の兆しがあると発表しました。大蛇行は過去にもたびたび起きていますが、今回は8年弱と、かつてないほど長く続きました。なぜこれほど長期に及んだのでしょうか。またこの間、私たちの生活にどのような影響を及ぼしていたのでしょうか。
日本列島の南岸に沿って西から東へ流れる黒潮が、本来の通り道から大きく外れる現象です。
黒潮は本来、東シナ海から九州→紀伊半島→房総半島沖と、東へ抜けていきます。この流れが、紀伊半島から東海地方の南方沖で、ヘビのようにぐにゃっと大きく曲がることがあります。これが黒潮大蛇行です。
起こる原因は、本州と黒潮の間に冷たい渦が停滞することです。冷たい渦は反時計回りで西向きに進む性質があります。このため、東へ流れる黒潮の強さと競り合うと1か所にとどまるのです。
大蛇行が起きる時は九州南東沖でこの小さな渦が発生し、黒潮に流されながら徐々に拡大することが知られています。地形的な特徴が関係していて、世界の海流でこうした現象が起きるのは黒潮だけだそうです。

気象庁が観測を始めた1965年以降6回発生していて、そう珍しいことではありません。江戸時代末期にやってきたアメリカの黒船で有名なペリーの観測記録から、1854年にも大蛇行が起きていたとする説もあります。
今回の発生は12年ぶりで、7年9か月(4月時点)続きました。記録が残る大蛇行はいずれも1年以上続いていますが、これまで最長だった4年8か月(1975年8月~80年3月に発生)を更新し、最長となりました。
長く続くのは、黒潮の流れが弱いことが原因です。黒潮には、東京ドーム40杯分に相当する最大約5000万立方メートルもの海水を1秒間に約2メートル運ぶ、とてつもない力があります。ただ、流れが強ければ停滞する渦を東へ押し流すことができますが、90年代から黒潮の流量が減りつつあります。今回の大蛇行発生後の2021年冬には毎秒2040万立方メートル(東経137度地点)まで減りました。過去の大蛇行の期間と照らし合わせると、流量が多い時は短期間で終息する傾向があります。
黒潮は赤道付近から海洋の熱を日本近海へ運びます。大蛇行が起きると、黒潮が本州から離れるため近海の水温は低くなると考えられていました。しかし、大蛇行はむしろ、東海地方や関東地方に猛暑や豪雨をもたらす要因となっていたという指摘もあります。東北大学(宮城県)の研究チームによると、南へ蛇行した後に東海から関東沿岸へ流れ込んだ黒潮が、その海域の水温を上昇させ、それにより生じた大量の水蒸気によって夏の雨量を増やしたり気温を上昇させたりするそうです。
黒潮は、日本の北方から流れる海流の親潮に比べると栄養分が少ないのですが、海の生き物にも影響します。例えば、暖かい海域を好む魚のカンパチやクロマグロは、大蛇行によって海水温の上がった関東や東海沿岸でよく取れる傾向になります。
一方、海藻などは広い範囲で育ちにくくなりました。2018年には、紀伊半島西岸でサンゴの大量死が確認されました。冬に海水温が下がったことが背景にあり、大蛇行を原因の一つとする見方もあります。

6月の海流図を見ると、黒潮の流れが弱いまま、渦がちぎれて南に離れています。実は2020年10月にも一度渦が離れましたが、その時はすぐに大蛇行が復活しました。
今回は6月末に、西へ流れた渦が九州沖で再び黒潮に取り込まれましたが、大蛇行には発達していません。東海沖の蛇行も東へ流されつつあり、終息に向かっているようです。
気象庁は8月下旬ごろに、黒潮大蛇行の終息について最終的な判断をする見通しです。
黒潮に詳しい海洋研究開発機構(JAMSTEC)の美山透・主任研究員は「流量が少ない傾向が続く場合、大蛇行が起きやすくなったり、長期化しやすくなったりする可能性があります」と指摘しています。
流量が減少傾向にある原因は、よく分かっていません。ただ、黒潮の推進力となる偏西風(上空で西から東へ常に吹く風)の蛇行が目立ったり、世界的に海水温が上昇したりしていて、海をとりまく状況の変化が影響していることも考えられます。
美山(みやま)さんは「今(いま)までの海流(かいりゅう)の常識(じょうしき)が変(か)わってきている可能性(かのうせい)があります。海(うみ)の資源(しげん)をどう守(まも)っていくのか、長期的(ちょうきてき)に考(かんが)えなければなりません」と話(はな)しています。
(2025年8月6日 毎日小学生新聞より)
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