注目キーワード
  1. 中学受験
  2. 社会
  3. イベント
  4. SDGs
【ニュースがわかる2024年5月号】巻頭特集は10代のための地政学入門

一流大学の学生があり得ないもうけ話にだまされるその驚きの理由とは【金融教育を考える】

週刊エコノミストオンラインで連載中の「森永康平のおカネの真相」から(2021年5月27日掲載)

都内の有名私立大学で、金融教育の一環として資産形成の講義をしたときのことだ。資産形成といっても、いわゆる投資の話だけでなく、節約や詐欺から身を守る方法など多岐にわたる内容だったのだが、講義を終えて教室で学生と雑談をしていると、一人の学生がこう言った。「先生がさっき紹介していた投資詐欺。僕も被害者です」。

大学生の間で投資詐欺の被害が広がっているのは知っていたが、まさかこんな身近なところに被害者がいるとは、正直、驚かされた。

「このUSBメモリーで月20%の利益を出せる」

2年ほど前から大学生の間で広がっている投資詐欺といえば、「USB詐欺」だ。耳にしたことがある読者も多いだろう。初めて聞いた、という人たちのために、概要を説明しておこう。

被害者となる学生たちは、「このUSBメモリーを買えば絶対にもうかる」と、友人やその知人にすすめられる。USBメモリーの値段はさまざまだが、筆者が取材を進めていくなかで得た相場観は、50万円前後だ。このUSBメモリーの中に入っているトレーディングシステム(売買ルール)を使えば、「絶対にもうかる」「毎月20%の利益を出せる」などといった断定的な表現にだまされ、購入してしまうのである。

このUSBメモリーを使う取引にはいくつかの種類があるが、ほとんどが日経平均先物取引、外国為替証拠金取引(いわゆるFX)、バイナリーオプションの3種類のいずれかだ(後述)。筆者が取材した被害者の学生たちの多くは、これらの投資についてほとんど理解できていなかった。日経平均という言葉は聞いたことがあるが、先物取引がどのような取引なのか分からない。FXとバイナリーオプションは、上がるか下がるかを予想して、ただボタンを押すだけ、という認識だ。

この程度の知識レベルにもかかわらず、バイトで稼いだお金や親からの仕送り、最悪の場合は奨学金まで使ってしまうというのだから恐ろしい。

業務停止の3社で1600人が被害に

USB詐欺の被害は深刻だ。昨年3月、USB詐欺を働いていた3社に対して、消費者庁と東京都は定商取引法違反(不実告知、迷惑勧誘など)で業務停止を命じた。これら3社の事業者は「AIで為替相場の売買のタイミングを予測できるソフトが入っている」として約54万円でUSBメモリーを買わせていた。無論、AIなど使われていない詐欺商品であったことは言うまでもない。この3社はUSB詐欺で8億円近く稼いでいたとされているが、USBメモリーの単価と被害総額を基に単純計算すると、約1600人が被害に遭っていることになる。

ここで一つ不思議なのが、一流の大学に通う優秀な学生が、なぜこのような典型的で分かりやすい詐欺に引っかかってしまうのか、という点だ。いまの学生は、筆者が大学生だったころに比べれば、いくらでも情報を集められる状態にある。デジタルネーティブの彼らからすれば、スマホ一つで詐欺に関する情報に接することは朝飯前のはずだ。もちろん、大量の情報は玉石混交であるため、情報の真偽を判断する能力は求められるが、このUSB詐欺については多くの信頼できる情報が出回っている。つまり、どこの誰が書いているか分からない個人のSNSやブログではなく、金融庁、国民生活センター、日本証券業協会などの公の機関や、信頼性の高い新聞やビジネス雑誌も散々取り上げているのだ。

喫茶店に〝成功している人〟がやってくる

取材を進めていくと、USB詐欺にはいくつもの巧妙な仕掛けが仕込まれていることが分かった。まず、最初に声をかけてくるのは親友、クラスメイト、サークルの同期など、自分をだますことなどなさそうな、近い関係にある友人だ。この時点で信用してしまいそうなものだが、実際に勧誘してくるのは別の人間である。友人に「投資で成功している人を紹介したい」と告げられ、喫茶店などで友人と3人で会うことになるのだ。

その〝成功している人〟は、学生でも一目で金持ちと分かるようなハイブランドで全身をかためており、延々と成功体験を語ってくる。高級車の前で撮影した自分の写真などを見せてくるケースもあるようだが、それは高級車を借りて撮っただけ、という裏話も聞いた。約束の時間に大幅に遅刻してくることもあるようだが、それは「忙しいなか自分のために時間を作ってくれている」と思わせるための演出らしい。

20日間は〝手厚いサポート〟が付く

そこから、詐欺師特有のトークが始まる。「誰にでも教えるわけではない」とか「USBメモリーの数に限りがある」などと特別感を演出し、更には難しい言葉を多用することで緊張感を与えていく。この後に契約という流れになるケースもあれば、その後に、「実際にUSBメモリーを買って人生が変わった」という人物が登場するケースもあるようだ。その「人生が変わった」という人物は、物腰が非常に柔らかく、つい先程までの緊張から一転、不思議な安心感に包まれ、ほっとしてしまうという。

とはいえ、50万円を即金で払える学生は多くない。そこで、学生ローンでの借り入れ方法を手取り足取り指導するという〝サポート〟まで付いてくるというのだ。

このように、様々な仕掛けによって、「契約完了」となってしまうわけだが、契約後20日間は無料で1対1の相談会や、集団での勉強会が開かれる。勘のいい方は気づくと思うが、「契約後20日間」とはまさに、マルチ商法などに適用されるクーリングオフの対象期間だ。この間だけは、手厚いサポートがあるというわけだ。

当然、投資でもうかるはずもなく、後日詐欺だと気づくのだが、時すでに遅し。被害者は、警察に駆けこもうとするだろう。そこで、ここにも巧妙な仕掛けが用意している。このUSBメモリーを一人に売るごとに6万円のバックマージンを受け取れる、つまり10人に売れば自分の購入金額は回収できるようになっている。典型的なネズミ講ではあるものの、最初から最後まで徹底的に考え抜かれているのだ。

「投資の勉強になると思った」という被害学生も

それでは、どのようにすれば、学生を詐欺から守れるのか。金融教育ベンチャーを運営する筆者としては「金融リテラシーを向上させることで、学生を守ることができる」と主張したいところだが、それは解決策にはならないだろう。なぜなら、金融リテラシー云々以前に、そもそも「そんな美味しい話などない」ということを理解してもらうだけで済む話だからだ。

むしろ金融リテラシーとは違うところに解決策はあるのかもしれない。この手の詐欺に引っかかる人はラクをしてもうけようとしている人というイメージがあるかもしれないが、被害者となった学生たちに取材を進めるなかで、意外な声も聞いた。大学3年生の被害者の何人かが、「金融業界に就職活動をするにあたって、投資を勉強するのもいいと思い、あくまで授業料として払った」というのだ。だまされたと思われたくない故の強がりの発言かもしれないが、全員が、だまされたと知った後に、他人を勧誘することなく、淡々と返済をしていた。

新型コロナウイルス禍で、企業が新卒採用を控えたり、面接がオンラインでの実施になったりしている。コロナの収束の兆しが見えない中、就職活動をする学生たちは不安で胸がいっぱいだろう。詐欺師は、そうした心の隙間に入り込んでくる。不安を抱える学生たちの話を大学の職員や地域の人たちが聞いてあげる、そんなアナログなことこそが一番の解決策になるのかもしれない。

[おカネの豆知識]

日経平均先物取引、外国為替証拠金取引、バイナリーオプションの3種類の取引について、簡単に説明しておこう。

日経平均先物取引とは、予め定められた期日に、予め定められた価格で、日経平均を売買することを約束する取引である。通常の株式取引が安い時に買って高く売ることで利益を出すことが一般的なのに対して、先物取引では「売り」から入ることも可能だ。高いところで売り、安いところで買い戻せば利益が出せる。投資対象が日経平均の価格なので、株式投資のように投資先の企業を探したり、企業の業績を分析したりする必要もないので手軽である。

外国為替証拠金取引(FX)は、日本円と米ドルなど、異なる二つの通貨を交換する外国為替取引の一つだ。将来必ず決済されることを約束した「差金決済」という方法が用いられ、売買の損益の受け渡しのみで取引が完結する。

先物取引とFXの特徴として、実際の取引に使う金額以上の取引ができる(レバレッジをかけられる)ので、小額でも大きな利益を得られる可能性がある。当然、その逆もまた然りなのは言うまでもないだろう。

バイナリーオプションは株価指数や為替など、様々な投資対象の中から投資先を決め、判定時刻の時点で投資した時点の価格が判定レートより上か、下かを選ぶもので、丁半博打に似ている。小額から始められて、ルールも非常にシンプルなので、気づけばハマってしまう投資未経験者も多い。

【もりなが・こうへい】金融教育ベンチャーのマネネCEO。経済アナリストとして執筆や講演をしながら、キャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOを兼務する。日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書は『MMTが日本を救う』『親子ゼニ問答』。