世界を変えるリーダーシップ【月刊Newsがわかる2月号】

なぜ宗教はあるの?  <この世界のしくみ>

 誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。

第一候補は「幸せのため」? ……ムラセさん

 お手紙にはこうあった。

 世界にはいろいろな宗教があって、自分は神話や習慣、考え方がたくさんあるのを面白いと思うけれど、友達の中には気持ちが悪いというイメージをもっている人もいる。もし幸せに生きるために宗教があるとしたら、宗教が原因で起こった戦争や事件はどうなるのか。自分の宗教を守ることを誇りにして死んでしまう場合、その人にとって幸せだから、それで良い、ということになるのだろうか。その人が幸せと感じているなら、何があっても幸せに生きたといえるのか。どんな状態になれば、「人々は幸せだ」と言いきれるのか。

 お手紙からすると、君は「幸せのため」が答えの第一候補だと思っているようだね。

 この答えの面白いところ(と僕が思うの)は、宗教は幸せのためにあるはずなのに、その「幸せ」の中身、つまり、何をもって本当の幸せとするのかは、宗教の方が決めるところだ。宗教と幸せって何だか不思議な関係だね。

不幸でも「本当は幸せ」だと信じることができる……ツチヤさん

 ムラセさんの議論を引き継いで考えよう。

 たしかに宗教には、「本当の幸せ」の中身自体を宗教が決めるという側面がある。たとえば、ある宗教では、神を信じ神の教えを守って生きることが「本当の幸せ」であると説いているとする。このとき、その宗教の信者にとっては、そのように生きることこそが最上に幸福な生き方だということになる。すると、仮にある信者の人生が、実際にはあまり恵まれていなくて、その人は日々の生活の中ではほとんど幸福を感じられていないとしても、その人が神を信じ教えを守って生きている限り、その人はその宗教の中では「本当は幸せ」だってことになる。だって、なんてったって、それこそが「本当に幸せな人生」だと神様が言っているのだから!

 これは、宗教が果たしている重要な役割の一部だ。宗教的に生きることで「本当の幸せ」を得られると信じられるから、なかなか幸せを感じられない境遇の中で生きている人にとって、宗教は大きな救いになるんだ。しかし他方で、このことは宗教の怖さでもある。場合によっては、自分の感じる幸福感とはまったく切り離されたところ(自分の感じる幸福感とはほど遠いところ)に「本当の幸せ」があると信じ込むことができてしまうからだ。

社会をまとめようという試み……コーノさん

 私は二人の意見とはぜんぜん違うな。宗教は幸せに生きるために存在しているわけではないと思う。二人は宗教って自分の心の問題を解決するものだと思っているようだね。でも、それじゃ、心理学とか、心のセラピーとかと変わらない。宗教にはそれ以前に別の働きがあると思う。

 宗教には一つの神だけを信じるものも、多くの神を信じるものもある。仏教は宗教だけど神を認めない。聖書のような経典のある宗教もあるけど、ない宗教もある。

 でも、どの宗教でも、自然を超えた偉大な存在が、どのように宇宙と人間を作ったかを説明している。こういうのを神話という。神話は人間がどうして生まれたか、なぜ生きているのかを教える。そして、どうして社会のルールや儀式やしくみができたのかも、その偉大な存在から説明する。王様や宗教の指導者たちは、自分がその神話の時代の偉大な力を引き継いでいて、社会をまとめる権利があるという。だから自分についてきてほしいという。

 そう、つまり宗教とは、神とか仏のような偉大な存在を信仰させて、社会をまとめようという試みなんだと思う。宗教の第一の役割は、人の気持ちを慰めることではなくて、信仰によって人を一つにまとめることだと思う。だから、君の友達が宗教を気味悪がるのは、そのまとまりに取り込まれたくないからじゃないかな。


「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中

<5人の哲学者をご紹介>

河野哲也(こうの・てつや)

立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。

土屋陽介(つちや・ようすけ)

開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。

村瀬智之(むらせ・ともゆき)

東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。

神戸和佳子(ごうど・わかこ)

東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。

松川絵里(まつかわ・えり)

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。

 

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