世界を変えるリーダーシップ【月刊Newsがわかる2月号】

「自分」はどこからどこまで?   <この世界のしくみ>

 誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。

時と場合で変わるのかな? ……ムラセさん

 お手紙にはこうあった。

「私はいつでも私で、外見は変わらないけれど、中身の心や考え方はいつも一緒ではありません。喜んでいる自分や楽しんでる自分と、怒ってる自分と悲しんでいる自分はまったく違います。家にいる自分と学校にいる自分もずいぶん違います(そうしようと思っていないのに)。これが私だと断言できるものは、外見以外にありますか。いったいどこからどこまでが自分ですか?」 

 素晴らしいね! 僕も、「自分」がどこからどこまでかが、わからなくなってきたよ。

 でも、書いてくれている「外見は同じ」って本当だろうか? 小さい頃と比べると体の大きさはだいぶ違うし、顔の感じも(僕くらい年をとるとますます)違ってくる。自分の親の小さい頃の写真を見ると、同じ人には思えないくらいだよ。体は少しずつしか変化しないから外見はずっと同じに見えるけど、実は、心や考え方みたいに変化していて、ずっと同じなわけじゃない。それに、体の動きも喜んでいる自分と悲しんでいる自分で違うんじゃないかな。顔の表情はわかりやすいよね。喜んでいる顔の写真と悲しんでいる顔の写真では、同じ人だとわからないくらい違う。体全体だって、緊張しているときはこわばっていて、なんだかぎこちない。反対に、楽しんでいるときはリラックスしてスムーズに動いている。

 つまり、実は「これが私だと断言できるもの」って何にもなくて、心も体もいつでも変化していて、「自分がどこからどこまでか」も時と場合で変わると思うんだ。

誰にでも変身できたら? ……コーノさん

 漫画みたいだけど、こういう想定をしてみよう。もしあなたが誰にでも変身できる魔法が使えたとしよう。そのときどきで好きな人物になることができるし、他人に成りすますこともできる。結構、楽しそうだね。もし変身しても、元の自分に戻れるなら。

 でも変身したら、変身する以前の記憶がまったくなくなってしまったらどうなるだろう。自分の親のことも兄弟姉妹のことも、親戚も友達のことも、全部忘れちゃうだけじゃなくて、自分の家がどこにあるか、自分がどこの学校に通っていたか忘れてしまう。もちろん担任の先生のことも道ですれ違っても、前のことを忘れているので初対面の人に見える。だから、その人のことを担任の先生だとも思わなくて、知らない人だから、ぜんぜんあいさつもしない。家族も友達も全部知らない人になってしまう。自分の体も変わっているので、他の人からもあなたはあなただと認められない。自宅に帰っても、あなたの妹は知らない他人が入ってきたのでびっくりして警察を呼んじゃったりするけど、あなたもあなたで妹のことが誰だかわからない。そもそも自分の家がどれだかもわからないので、帰る場所がないよね。

 こうなると、何だか自分が死んじゃったのと変わらなくないかな。自分は死んじゃって、別の人が生きていることにならないかな。でも、体が変わっても記憶が続いていると、自分と思えると思う。とすると、自分が自分であるのは、記憶のせいじゃないかな。

変わっていくのは当たり前……ゴードさん

 コーノさんの言うことはもっともだなあ。でもお手紙をくれた人は、記憶喪失になったり、まわりの人に忘れられてしまったりしたから、自分のことがわからなくなったわけじゃないよね。記憶はもちろん続いているけれど、家にいる自分と学校にいる自分の性格や行動がまったく違うから、「自分」ってどんな人なのか、よくわからなくなってしまったのでしょう。

「これが私だと断言できるものは、外見以外にありますか」と質問が書かれていたけれど、「そんなものはないよ」と言われたら、怖いかな(それとも、安心する?)。お手紙にあった発見の通り、状況によって、あなたの外見も記憶も内面も、いつも変化していて、ずっと変わらないものは何もない。でも、それは当たり前のことじゃないかな。

 変化するものばかりだと気づいているのに、どうしてそれでも「これが私だと断言できるもの」があるはずだと感じているのだろう。そこをもう一度考えてみると、さらに新たな発見があるかもしれないよ。
「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中

<5人の哲学者をご紹介>

河野哲也(こうの・てつや)

立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。

土屋陽介(つちや・ようすけ)

開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。

村瀬智之(むらせ・ともゆき)

東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。

神戸和佳子(ごうど・わかこ)

東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。

松川絵里(まつかわ・えり)

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。

 

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