誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
計算されて作られたもの……ツチヤさん
ゲームにはいろいろな種類がある。トランプとサッカーでは、同じゲームでも夢中になる理由は違うだろう。でも、やっぱりまずは、テレビやスマホを使ったゲームについて考えたい。テレビゲームは、僕が小学生のときに誕生したので、僕らはテレビゲームに夢中になった最初の子どもたちなんだ!
子どもの頃は、ゲームはとにかく面白くて、毎日学校が終わるのを心待ちにしていた。でも、大人になるにつれて、なんでこんなに面白く感じられるのかの理由に少しずつ気づくようになった。ゲームの作り手は、子どもを飽きさせないように、たくさんの工夫をゲームに盛り込んでいる。最初はうまく進められないけど、練習すると強い敵も倒せるようになる。簡単すぎるとすぐに飽きられちゃうけど、かといって難しすぎても途中で投げ出されちゃう。そのギリギリの難易度になるように、何度も何度も計算を繰り返してゲームを作っているんだ。
そういうことに気づくようになってから、僕はあまりゲームをやらなくなった。子どもが夢中になるように計算されて作られたものに夢中になるのが、なんだか大人の手のひらの上で踊らされているみたいで、むなしくなったんだ。
現実より単純で面白い……コーノさん
電車の中では、お兄さんもお姉さんもおじさんもおばさんもゲームをやっている人が多いよね。でも、どうしてみんなあんなにゲームに夢中なのかな。それは、きっと、実際に生きている現実よりもゲームの方が面白いからだよ。どうして面白いかというと、単純だからだと思う。単純なものには没頭できるよね。ゲームにはルールがあって、目標があって、自分のやるべきことがわかりやすいし、人と競える。でも、現実は複雑で、いろいろなルールがあって、どのルールに従えばよいかよくわからないことも多い。生きている目標なんていろいろで、一つのことに集中できない。だいたい、「こうすれば最高得点です」という状態もないし、何をすればいいか、何を競えばよいかもはっきりしない。
大人でもゲームに夢中になっている人はたくさんいる。マージャンや競馬、パチンコ、囲碁、将棋、スポーツもそうだけど、それだけじゃない。お金を人より稼いだり、高い地位を得ることをゲームみたいに追求して、勝った負けたと言う大人がいる。子どもをいい大学に行かせて、ゲームをクリアしたように大喜びしている親がいる。
みんな現実や人生を自分で勝手に単純化して、我を忘れてゲームの世界に夢中になっている。大人も子どもと同じだよ。そうしないと、現実はいろいろありすぎて、生きることの意味がわからなくなって、生きていてもむなしいと感じる人がたくさんいるんだ。
お手軽な達成感……ゴードさん
「夢中になるように作られているから」というツチヤさんの考えにも、「現実よりも単純だから」というコーノさんの考えにも、とても納得したよ。私が付け足したい第三の理由は、「罪悪感をもたずに、やるべきことから逃げられるから」という考え。
勉強や掃除などの「やるべきこと」というのは、たいてい、かなりめんどくさいよね。それに、大好きでもっと上達したいと思っているはずのこと、たとえばピアノや野球でさえ、こつこつ基礎的な練習をするのはとても大変で、できればやりたくないと思ってしまう。でも、何もせずにいると、「いま私は逃げてしまっているな、やるべきことが何もできていない」という気持ちに向き合わなければならなくなって、それはそれで苦しい。
そんなとき、ゲームをやってクリアすると、簡単に何か素晴らしいことを「成し遂げた」という気持ちになれる。その錯覚によって、結局は現実逃避をしていることには変わりがないのに、罪悪感が少なくなるんだ。
ゲームのお手軽な達成感に逃げ込むのはよくないけど、逆にその性質を利用できたらいいかもしれない。つまり、いろんなめんどくさいことを、自分でゲームにして楽しんでしまうんだ。たとえば、「レベル1:得意な漢字ドリルを1ページ」「レベル2:苦手な算数ドリルを1ページ」みたいに、自分でゲームのステージを決めてクリアしていくと、何度も達成感が感じられて、宿題も楽しく頑張れるんじゃないかな。
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<5人の哲学者をご紹介>
河野哲也(こうの・てつや)
立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。
土屋陽介(つちや・ようすけ)
開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。
村瀬智之(むらせ・ともゆき)
東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。
神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。
松川絵里(まつかわ・えり)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。
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