平和の番人 国連の80年【月刊ニュースがわかる4月号】

なぜ子どもが化粧をしてはいけないの?<子どもの哲学>

 誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。

大人もほんとうはしたくない……ムラセくん 

 君は「大人たちは髪を染めたり化粧をしたりしているけれど、子どもはダメだと言われる」ことに疑問を感じているんだよね。たしかに変だ。

 僕は、ほんとうはダメではないのだと思う。世のなかには、やりたい人はいるけれどまわりに害を与えてしまうからやってはいけないことと、やりたい人は自由にやればいいことの二種類がある。化粧は、子どもも大人も、やりたい人が自由にやればいい種類のことだと僕は思う。

 でも、なんでダメだと言われることが多いんだろう。僕が思うに、大人でも、ほんとうはやりたくない人が多いからだ。髪を染めることや化粧が好きな人もいるけれど、まわりの目が気になったりして面倒だけど仕方がなくやっている人も多いと思う。そういう大人にしてみれば「何もしなくても文句を言われないのは子どものときだけなんだから、何もしないほうがいい。大人になったら、嫌でも化粧をしなくちゃいけないし」――きっとそんなふうに思うんだ。

 子どものときは背広(スーツ)を着たかった。だけど大人になって、着なくちゃいけなくなったら、意外と不便で嫌々着ることがある。それと似ている。子どもなのに、どうして背広なんて着たいんだろう……ってね。

 たしかに、余計なお世話だけれど、ある意味では君のことを思って言っていることなんだと思うよ。

大人として扱われてしまうから……コーノくん 

 ムラセくんが言うように、世のなかには化粧をしたくない人も多いから、子どもにダメと言っているっていうのはほんとうかな? 化粧は、祭りや芝居、何かの式典のときなど特別な場合には子どもにも認められている。でも君は女の子で、きっとふだんから化粧をしたいんだよね。君はまだ自分が子どもで、大人になるにはずいぶん時間があると思っているでしょう?

 でも、子どもと大人の差って意外に小さいんだよ。外国に行くと、学校へ行けなくて、子どもなのに大人のように働いている子どもたちがいる。そのなかには、大人みたいに化粧をして、大人相手の仕事をしている女の子もいて、年を聞いてみるとびっくりするほど若いんだ。

 化粧をすると、大人みたいになるのではなくて、そのまま大人になってしまうんだ。そしてまだ子どもなのに、男の人から大人の女性として扱われてしまうことがある。

 化粧はまだダメだと言っている君のまわりの人たちは、それをわかっていて、君が大人として扱われるにはまだ早すぎると思っているんじゃないかな。

まずは化粧を学んでから……ゴードさん 

 子どもが化粧をしてはいけないと言われる理由は、たとえば子どもだけで包丁や火を使った料理をしてはいけない理由と、じつは同じなのかもしれない。つまり、大人になったら自由にやっていいことだし、それをするといいことや楽しいこともたくさんあるのだけれど、きちんと学んでからやらないと、自分が危ない目にあうようなこともあるんだと思う。

 ただ顔をきれいにするだけのことなのに、どうして危ないのかって? まず、化粧品には、身体にとってよくない成分も含まれている。だから、きちんと自分に合ったものを選んで、はみ出さないようにていねいに塗って、特別なせっけんでしっかり落とさないと、肌や目の病気になってしまうことがある。病気にならないように化粧をするのは、けっこう難しいんだ。

 それから化粧には、塗る色や場所によって、いろいろな意味が込められている。化粧で「おめでとう」「大好きだよ」「楽しいな」「このお仕事は任せてね」「悲しくて元気がなくなっちゃったよ」など、いろいろなメッセージを伝えているんだよ。でも、友だちの誕生日会で「悲しい」の化粧をしたら変だし、好きじゃない人と会うのに「愛してる」の化粧をしちゃったら困るから、化粧の意味を学んで練習しないといけない。

 それに、化粧をしないほうがいいときだってあるよ。たとえば、プールや温泉に入るときは水が汚れるから化粧をしてはいけないし、運動するときは汗をかいてすぐに落ちてしまうから化粧の意味がない。学校では体育の授業があるから、化粧をしていかないほうがよさそうだね。

 それにしても、こんなに大事なことがたくさんあるのだから、大人はあなたに「まだダメ」って言うだけじゃなくて、きちんと化粧を教えないといけないよね。どうして学校には化粧の授業がないんだろうね。

まとめ 化粧は隠れたメッセージを発信する……ツチヤくん 

 三人が考えている、子どもが化粧をしてはいけない理由はそれぞれバラバラだけれど、少し整理すると、コーノくんとゴードさんが挙げている理由には共通点があって、ムラセくんはそれとは少し違う理由を挙げている。

 ムラセくんが挙げている理由は、化粧は「大人でもほんとうはやりたくない人が多いから」というものだ。大人は化粧をする必要があるけれど、ほんとうはしたくない人もいる。でも、子どもは化粧をする必要がない。なのに、なぜ化粧をしたいなんて言うんだろう、と大人は思って、ついつい子どもに注意しちゃうってことだね。でもやっぱり、化粧をするのが大好きな大人や、早く化粧をしてみたい子どもはたくさんいるのだから、みんながムラセくんのように、化粧を「面倒だけれど仕方がなくやっている」ってわけじゃないと僕は思うな。

 コーノくんとゴードさんは、化粧が「いろいろなメッセージ」を伝えてしまうという事実に注目している。コーノくんは、そのなかでも特に、女の子にとっての化粧が「大人の女性」というメッセージをまわりに伝えてしまうことを問題にしている。大人扱いされるには若すぎるのに、化粧をすることでまわりの人から大人とみなされてしまう。だから、子どもは化粧をしてはいけない。これに対してゴードさんは、化粧がそれ以外にもさまざまなメッセージを伝えてしまう実例をたくさん挙げて、そういう化粧の意味を「きちんと学んでからやらないと、自分が危ない目にあう」から、子どもは化粧をしてはいけないんだと言っている。たしかに、化粧がそんなにいろいろな隠れたメッセージを発しているのなら、ゴードさんも提案しているように、国語で「文章の読み方」を勉強するみたいに、学校で「化粧の読み方」を勉強することにして、みんなが正しく安全に化粧をできるようにしたほうがいいかもしれないね。

<4人の哲学者をご紹介>

コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)

慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。

ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)

千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。

ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)

千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。

ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。

 

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