誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
いちばん最初の人間がいる……ムラセくん
ある人が存在するためには、その人を産んだお母さん、そのまたお母さん、そのまた……というつながりが必要だ。これは、この問いを考えてくれた君も言っていたこと。君は、そこから「いちばん最初の人間は誰か?」「その人はどのようにして人間になったのか?」という問いをさらに出してくれた。そして「自分はどうして生まれてきて、生きているのだろう」と疑問に思っている、と。この考えの流れは、とても素晴らしいね!
もし「いちばん最初の人間」がいるのなら、その人の前に人間はいない。ということは、その人は人間からは生まれていないことになる。だから、その人は「人間から生まれたから、人間になった」わけではない。たしかに、君はどうして人間なのかと聞かれたら、人間から生まれたからだって答えたくなる。犬はどうして犬なのかと聞かれたら、犬から生まれたからって答えたくなるのと同じだ。でも、ここまでの考えの流れからすると、どうやら別の理由があるみたいだ。その理由はなんだろう?
一つは、言葉だと僕は思う。動物のなかにも言葉らしきものを使うものもいるけれど、人間のように複雑でたくさんの言葉をもっている動物はいない。言葉を使って、仲間とコミュニケーションをとるようになったから、人間になることができたんだ。つまり、あるものが人間であるためには、言葉とそれを交わす仲間が必要だってことだね。
人間は集団で進化していった……ツチヤくん
ムラセくんの考えでいくと、あるとき急に言葉をしゃべれるようになったサルがいて、そのサルが「いちばん最初の人間」だってことになりそうだ。でも言葉って、そんなに急に突然変異のように誕生したものなのかな? 僕はそうは思わない。ムラセくんも「動物のなかにも言葉らしきものを使うものもいる」って言っているけれど、僕は、人間の言葉は動物の鳴き声の延長線に誕生したものなんじゃないかって思うんだ。サルだってキーキー鳴くことで、サル同士でお互いにコミュニケーションをとっているよね。それが次第に複雑になり、そのうちに複雑な鳴き声をたくさん発することができるように、のどや舌や口の形も発達していって、少しずつ人間の言葉ができていったと考えるのが自然じゃないかな。
つまり、人間の言葉は一匹の天才的なサルによって「発明」されたようなものではないと僕は考えている。したがって、最初に人間の言葉をしゃべったサルが「いちばん最初の人間」になったというようなイメージは間違いだと思う。ムラセくんが言うように、言葉をもつことによって人間は人間になったのだとしても、サルたちが群れのなかで少しずつ複雑なコミュニケーションをとれるように進化していき、それによって、みんなで次第に人間になっていったというほうが正しいイメージだ。ある特定の一人の「いちばん最初の人間」がいたわけではない、という結論が出てくるね。
「人間」の話と「君」の話は別……コーノくん
この問いはどのように解釈すればいいのかな? 動物がどのようにして人類に進化したかを知りたいのかな? きっとそうじゃないよね。この問いを考えてくれた君は「自分がどうして生まれてきて、生きているのだろう」ということを考えていた。
たしかにムラセくんが言うように、君の親の、そのまた親の……とさかのぼって考えると、サルのような祖先から人間は生まれた。生物学ではそのように言われている。でも君がこの問いでほんとうに知りたいのは、人間が何からどのように進化したのかではなく、人間はなんのために存在しているか、ということじゃないのかな?
「どうやって生まれたか」と「なんのためにいるのか」という二つの問いは、似ているようだけど、まったく別。みんな、よくごっちゃにする。サルみたいな祖先から少しずつ人間が進化していったことは、博物館などへ行けば詳しく説明してくれる。けれど、人間がなんのためにいるのかについては、どこの博物館へ行ってもけっして答えてはくれない。
それから君は、もう一つごっちゃにしているんじゃないのかな。どうして「人間」は存在しているのか、という問いだけれど、ほんとうに知りたいのは「君」がどうして存在しているのか、ではないのかな。人間全体の話と、君個人の話は別。ごっちゃにして考えると、答えが出ないよ。
まとめ 自分が生まれてきた理由……ゴードさん
この問いを考えてくれたあなたは、自分がどうして生まれてきて生きているのか、知りたいと思ったんだよね。自分が生まれたのは、お母さんとお父さんがいて、自分を産んでくれたから。お母さんとお父さんがいるのは、おじいさんとおばあさんがいて……。こんなふうにずっとさかのぼって考えて、それならいちばん最初の人間はどうやって生まれてきたのか、知りたいと思ったんだね。
ムラセくんは、はじめて言葉を使った動物がいて、それが最初の人間だと言っている。ツチヤくんは、そうだとしても、いきなり言葉を完璧に使えるサルが現れるというのはおかしいから、サルたちがみんなでコミュニケーションをしているうちに、それがだんだんと複雑になり、みんなで言葉を話せるようになったのではないかと考えている。それが人間のはじまりだというんだね。
とてもいい考えだと思うけれど、コーノくんは、こんなふうに考えていってもほんとうに知りたいことはわからないままだと言っているよ。いま考えている問題は、「人間が何からどうやって進化してきたか」だけど、それは「人間はなんのためにいるのか」とは違う問題なんだね。それに「私は何のためにいるのか」というのは、もっと違う問題なんだ。
それなら、ほんとうに知りたい「私は、なぜ、なんのために生まれてきて、生きているのか」という問いの答えは、どうしたら見つかるんだろう。これは考えるのがとても難しい問題だね。自分が生まれてきた理由は、ほかの誰かが生まれてきた理由とは違うのだろうから、この問いの答えは、自分自身で見つけないといけないみたいだ。まずは、どうすればこの問いの答えを探せるか、慎重に考えてみて。
★「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<4人の哲学者をご紹介>
コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。
ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)
千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。
ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)
千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。
ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。
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