誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
話す前に立ち止まって考える……ツチヤくん
この問いを考えたってことは、あなたは「まわりと話がかみ合わない」と感じているんだよね。まわりの子と話がかみ合わないなんて、あなたはきっと頭が良いんだね。こう言うとびっくりするかもしれないけれど、あなたのほうが考えるスピードが速くて、相手があなたの話についていけていないときは、あなたも相手も「なんだか会話がかみ合っていないな」とお互いに感じるはずだよ。
まわりと話がかみ合わない理由にはいろいろなことが考えられるけれど、まわりの人たちと思考のスピードがズレていて、会話がうまくできないというのは、じつはよくあることだ。思考スピードが速すぎて、どんどん先まわりして話を進めてしまうと、ほかの人はなんでいまそのことが話題になっているのか、わからなくなるんだ。
もちろん、頭の回転が速いのは基本的には喜ぶべきことだから、あなたが困っていないのなら、このままでいいと思う。でも、もし困っているのなら、いい訓練法がある。何かを言う前に一瞬、黙るくせをつけて、いま言おうとしていることが前の会話と「どうつながっているか」を考えてみるんだ。「自分ではつながっているつもりでもほんとうにつながっているかな」「自分が他人だったらそのつながりはわかりやすいかな」とか。これに慣れると、話すスピードも落ちてゆっくり話せるようになるし、相手にわかりやすい表現を選ぶようになるから、まわりがあなたについてこられるようになる。しかもこれは、落ち着いてゆっくり整理しながら考える練習にもなるから、考えることをより深く味わい尽せるようにもなるんだ。
君に話しかける二つの理由……コーノくん
ツチヤくんが言うように、いまの君のやり方を無理に変える必要はないと思う。まずは、君から相手とコミュニケーションを続ける気持ちを大切にしよう。
でも、相手が君に話しかけるときには、大きく分けて二つの理由がある。一つは、何か自分の問題について相談して、君からなんらかの解決法を聞きたいとき。「今日、おじいちゃんの誕生日なんだ」と相手が話したとき、その人は「おじいちゃんに何をしてあげたらいいか」ということを聞きたいんだ。そんなときには、「折り紙をあげるのはどう?」といった、君が思う解決法やアイデアを言ってあげればいい。
でももう一つ、それとは全然別の場合がある。それは相手が自分の考えをただ聞いてほしいときだよ。たとえば、相手が「手紙を書いてあげるんだ」と言ったときには、もっといいアイデアを君から聞きたいんじゃない。自分の考えをただ単に君に聞いてほしいだけなんだ。そういうときには、相手は「それでいいんじゃない」とか「いいね」って言ってほしいんだよ。
いっしょに解決法を考えてあげるのも、場合によっては相手のためになるけれど、話を聞いてほしいだけの場合には、ただ君にそばにいてほしいと思っていることもあるんだよ。
自分に合う場と人を見つけて ……ムラセくん
二人とも、いまのやり方を無理に変える必要はないって言っているね。僕もこれに賛成。
そもそもコミュニケーションスキルって何かな? スキルって「技術」のことだ。でもコミュニケーションの仕方は、ときと場合によっていろいろある。面と向かって話をする場合もあるし、手紙やメールで話をする場合もある。しかも、相手によっても変わる。子ども同士ならいっしょに遊んだりするのが大切だけど、大人同士だと別のやり方もある。技術といっても、じつは、野球やサッカーみたいにいつでも使える決まった技術があるわけじゃないんだ。
学校のクラスだって、じつは同い年の子どもしかいない、とても特殊な場所だ。だからクラスでうまくできなくても、コミュニケーションが下手なわけではない。むしろ目上の人と話したり、いろいろな背景をもつ人と協力できる人のほうがうまいと言えるかもしれない。だから、学校でうまくいかなかったからといって、「コミュニケーションが下手なんだ……」なんて自信をなくす必要はないんだ。
コミュニケーションに決まったやり方はないと思う。無理することはない。いつか、君がうまくコミュニケーションをとれる場と相手は見つかるはずだよ。もしそういう場が見つからないのなら、自分でつくっちゃえばいいんだよ。
まとめ コミュニケーションは一人ではできない……ゴードさん
「コミュニケーション」って、まわりの人と話して、考えや思いを伝え合うことだけれど、なかなか難しいよね。うまく話ができたときは楽しいけれど、言いたいことが伝わらなくて、どんどんわからなくなっていってしまったり、ケンカになってしまったりすることもある。この問いを考えてくれたあなたは、まわりの人と話がかみ合わないと感じて、悩んでいるみたいだね。
そもそも「話がかみ合う」ってどういうことなんだろう。ツチヤくんは、いままでの話と自分が次に言うことが、どんなふうにつながっているか、ゆっくり確認しながら話すといいと言っている。「話がかみ合う」というのは、こんなふうに、話していることの内容がうまくつながるということなんだね。それなら、話のつながりって、具体的にはどういうことなのかな。
コーノくんは、似たような話でも、相手が解決法を聞きたがっているときもあれば、ただ話を聞いてほしがっているときもあると言っている。「話がかみ合う」というのは、相手が求めているものを感じとって、それに合わせて応えてあげるということでもあるんだね。それなら、相手が求めているものって、どうしたら感じとれるんだろうね。
ムラセくんは、いつでも誰にでも使えるコミュニケーションの技術なんてありそうもないから、無理に決まった相手と話をかみ合わせようとしなくても、話がかみ合うほかの相手を探せばいいと言っているよ。考えてみると、コミュニケーションって、自分一人ではなくて、必ず誰かといっしょにするものだから、それがうまくいかないときには、どちらか一方が悪いわけではないんだね。
だから、三人とも言っていることだけれど、あなたが無理に変わる必要はない。もし、今度話がかみ合わなくなってしまって、それでもやっぱりその相手と話がしたいと思ったら、「私たち、なんだかいつも話がかみ合わなくなってしまう気がするけれど、どうしてだと思う?」って相手にたずねてごらん。いっしょに考えたら、もしかするとうまく話ができる方法を見つけられるかもしれないよ。
コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。
ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)
千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。
ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)
千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。
ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。
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