誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。
世界が広がり自由になる……ムラセくん
この問いにある「勉強」という言葉は、きっと学校で習うようなことを指しているんだよね。僕は、そもそも「しないといけない」わけではないと思う。休みたいときもあるだろうし、ほかのことに興味をもつ時期もある。そのときは、それをせいいっぱいしたらいい。世のなかではあまり強調されてはいないけれど生きていく上ではせいいっぱい休まないといけないときだってあるんだ。
でも、勉強はしておいたほうが「お得」だとも思う。学校で勉強することを全部覚える必要はまったくない。だけど、「こういう種類のことがある」「こんなにいろいろなことが世のなかにはあるんだ」ということは覚えておいたほうがいい。
それは君の考えの幅を広げてくれる。考えの幅が広がると、君はもっと自由になることができる。アメリカという国自体を知らなければ、アメリカには行きようがない。それと同じだ。多くのことを知り、考えの幅が広がると、選択肢が増える。この選択肢は「可能性」って言い換えてもいい。勉強をすることで君の可能性は広がって、君はどんどん自由になることができるんだ。こんな簡単に自由になれるのなら、勉強ってかなりお得な気がする! そんな気がしてこないかな?
ただ、学校で習うことのなかには、考えの幅を広げるのに役に立たないどころか、邪魔になるものもある。そういう時間は、真面目に授業を受けるフリをしたりして、やり過ごせばいいよ。
自分や社会にとって必要かどうか……ツチヤくん
僕は哲学対話の授業で中高生たちとしょっちゅう「どうして勉強しないといけないのか」について考えている。そのとき僕がよく言うのは、具体的に「どういう勉強がなぜ必要」で、「どういう勉強がなぜ不必要」かを一つ一つ細かく考えて議論してみるといいよってこと。大事なのは、その勉強が自分にとって好きか嫌いかと、その勉強が自分あるいは社会にとって必要かどうかを分けて考えてみることだと思う。
たとえば、漢字の書き取りはたしかに退屈でつまらないかもしれない。だからといって、漢字の勉強があなたにとって不必要だということにはならない。だって、最低限の漢字の読み書きができないと、本や新聞も読めないし、ひらがなだらけの読みにくい文章しか書けなくなるからね。
だったら、円や台形の面積の計算はどうなのさって思うかもしれない。たしかに、ほとんどの大人にとっては社会に出てから円の面積を求める機会なんてないから、多くの人は図形の面積の求め方なんて勉強する必要はないかもしれない。でも、技術者や科学者になる一部の人にとっては、これらの知識は基本中の基本として必要だ。だとしたら、これらを学校でみんなが勉強することはやっぱり必要だってことになる。だって、いま、学校に通っている誰がどんな仕事につくかわからないんだから。社会としては、こういう重要な基本的知識は全員の子どもに教える必要があるわけだ。もしかしたら、いまは算数が大嫌いなあなたも、ちょっとしたきっかけで将来は技術者や科学者になるのかもしれないよ。
勉強しないといけない理由は、思っていた以上にたくさん見つかると思う。そして、この問いに自分なりに納得した答えを出してから取り組む勉強は、お母さんにうるさく言われてする勉強よりも、ずっとやる気が出るはずだよ。
勉強しなかったら後悔する……コーノくん
君は、親から「勉強しなさい」ってくり返し言われているのかな。いつもそんなふうに言われ続けていると嫌になっちゃうよね。でもどんな仕事をするにしても、社会で生きていく上で、小学校で習うことはすべて絶対に必要となるもので、それを勉強しなかったら、大人になってから絶対に後悔する。これは私が保証するよ。
でも、君の親や先生は、それが生活にどういうふうに役立っているか、将来どんなことができるようになるか、これを知っておくといかに心が豊かになるかということを説明してはくれないんだよね。なんのためにやるかわからないことを、無理にやることほどつまらないものはないよね。遊びやスポーツは、やっていること自体が楽しい。勉強のなかには、やってもそれ自体はあまり面白くないものがあるかもしれない。たとえば、漢字を覚えるということなんて、私も好きではなかった。
でも、知らないことを知ったり、わからないことを考えたりすることは、ほんとうはすごく楽しいことなんだ。君の親も先生も、楽しく勉強するにはどうしたらいいのか、きっとやり方をあんまり知らないのだと思う。だから、あなたに「勉強しなさい」としか言えないんだよ。じゃあ、どうすれば楽しく勉強できるかな。
それは、君の好きなことを探求するんだ。絵を見るのが好きなら、いろいろな絵を見る。野球が好きなら、どうやればうまくなるかを徹底的に調べて、練習する。昆虫が好きなら、集めて調べる。君にも何か好きなことがあるはずだよ。
まとめ なぜ大人は勉強させたがるのかな……ゴードさん
この本のはじめのほうでも「なんのために学校はあるの?」という問いを考えたけれど、学校は自分が行きたくて行きはじめたわけじゃない。学校の勉強も、自分がやりたくてやりはじめたわけじゃないんだよね。だから、どうして勉強するんだろうって考えてしまうのは、あたりまえだと思う。
でも不思議なことに三人とも、勉強をする理由は、自分自身のなかに見つかるはずだと言っているよ。ムラセくんは考えの幅を広げて自由になるために、ツチヤくんは今後の生活や仕事に必要なことだから勉強するのだと言っている。コーノくんは勉強すること自体が楽しいと言っている。ムラセくんとツチヤくんは未来の自分のために、コーノくんはいまの自分のために勉強しているという違いはあるけれど、三人とも、自分自身のために勉強するという点では同じだね。「勉強するのは自分のため」なんて言われても、全然納得がいかないかな。そんなあなたには、大人たちの秘密を一つ教えるよ。
じつは、大人が子どもに「勉強しなさい」と言う理由と、人が勉強をするほんとうの理由は、違っていることがあるんだ。だから、この二つをいっしょにしてはいけない。大人に「勉強しなさい」と強く言われたときには、まず「どうしてこの人はそんなに私に勉強させたがっているのかな」と考えてみるといいよ。そして、あなたが勉強をするほんとうの理由は、大人があなたに勉強させたい理由とは別に、あなた自身で見つければいいんだ。
コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。
ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)
千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。
ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)
千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。
ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。
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