今年の中学受験が終わった。第1志望校に合格できた子も、できなかった子もいるだろう。だが、受験の合否は、実はその後の人生にあまり影響がない。重要なのは受験後の親の行動だ。それ次第で、その後の学校生活も人生も変わる。成長するチャンスなのだ。(カタカナの人物名は全て仮名)
筆者は中学受験情報サイトで、のべ160校以上の私立中高を取材してきた。一方で不登校や引きこもりの取材も続けてきた。さらに親としても3回の中学受験を経験した。
そこから見えてきたのは、「第1志望校合格=成功」とは限らない、ということだ。憧れの志望校に合格したのに、中退してしまうこともあれば、滑り止め校しか合格できなかったのに、東大に現役合格することもある。
拙著『中学受験をして本当によかったのか? 〜10年後に後悔しない親の心得〜』(実務教育出版)では、実例を多くあげて考察した。そこで重要なポイントとなったのが親の声かけだ。
中学受験で第1志望校に合格できるのは4人に1人といわれる。逆に言えば、4人中3人は第2志望以下の学校へ進学することになる。特に滑り止め校にしか合格できなかったら、落ち込む親子も多いだろう。だが、それは声かけ次第で成長のチャンスになる。
首都圏の中学受験会場に向かう子どもたち
東京・世田谷区に住んでいたダイキ君は、中学受験をする子が多い小学校に通っていて、友だちは開成、筑波大付駒場、桜蔭、女子学院、早慶の付属校など有名中に続々と進学が決まっていった。
ダイキ君は第1志望の早稲田大高等学院、第2志望の慶應義塾湘南藤沢、第3志望の慶應中等部も落ち、慌てて追加受験した本郷も落ち、1月に受験した埼玉の滑り止め校に行くことになった。どれだけ落ち込むかと思いきや、「知ってる子が一人もいない新しい環境に、ワクワクしました。気持ちを切り替えられたんです」という。
それには母の声かけがあった。その学校に決まった途端、「ダイキには言ってなかったけど、実はその学校の説明会に行って、すごくいいと思ったの。ビビッときたんよ。なんとなくここに行くかもと感じたの。これは天から糸が引かれてるよ、運命じゃない」と真顔で言われたそうだ。
「この言葉に救われたんです。母はいつも気持ち悪いくらい真っすぐ褒める。僕のことも学校のことも本気で『すごい学校だね』と褒めるんです。ポジティブな言葉を浴びて育ったから、前向きに生きられるんだと思います」(ダイキ君)
入学後は何事も高い意欲でのびのびと取り組んだ。野球部に入り、文化祭実行委員長になって活躍し、成績も伸びて、東大に現役合格した。
ダイキ君はこう続ける。「小学生のときは早慶に入れればいいと思っていたので、中学でも東大なんて受かるわけがないと思っていました。でも、高校で文系でも理系科目を捨てないで、全科目でよい成績を出そうとがんばったら、先生から東大受験を勧められ、合格しました。中学受験に失敗してよかったです。あのまま早慶付属校に受かっていたら、これほど勉強に打ち込む経験ができなかった」
中高の6年間も、母はポジティブな声かけを続け、リーダーシップを発揮していることを褒めて、勉強や成績にはほとんど口出ししなかった。
「長男のケントは合格最低点で滑り止め校に入学して、東大現役合格できました」というのは、ケント君の母だ。「夫の希望で中学受験をしましたが、第1志望の海城が不合格で一番落ち込んだのは夫でした。でも、私は『よかったね、この学校に受かって』『いい学校だね』と声をかけたので、ケントは全然気にしませんでした」
ケント君は負けん気が強く、自分から努力できるタイプ。部活も勉強も一生懸命に取り組むと、めきめきと成績を上げ、東大現役合格した。「帰宅したら『勉強しなさい』とは絶対に言わないで、話の聞き役に徹しました」(ケント君の母)
「勉強しなさい」はNGワードだ。話を聞く姿勢が子の自主性につながったのだ。
反対に、母に「勉強しなさい」と言われ続け、余計に勉強しなくなり、学校を中退したのは、ヨウイチロウ君だ。「神奈川御三家の進学校は、チャレンジ校で合格すると思っていなかった。それがラッキーで合格した」という。最初から成績は下のほうで、母から「勉強していい大学に行くのは当たり前でしょう! 勉強しない人の意味がわからない!」と怒鳴られ、暴力をふるったこともある。赤点の科目が増えて進級の見込みがなくなり、退学した。
中学受験の本当の成功は、入学後に高い意欲を持って勉強できる状態に持っていくことだ。それには親の声かけが大事で、受験の合否は関係がない。
行動遺伝学の第一人者の安藤寿康(じゅこう)慶應大教授も著書『生まれが9割の世界をどう生きるか』のなかで、「どの学校に行くかは将来の賃金に影響しない」と指摘している。拙著を参考に、親の声かけの大事さをぜひ知ってほしい。(教育ライター 小山美香)
『中学受験をして本当によかったのか? 〜10年後に後悔しない親の心得〜』(実務教育出版)