【ニュースがわかる2024年7月号】巻頭特集は「沸騰」する地球の未来

忍者って?【疑問氷解】

Q 忍者の歴史について教えて(埼玉県さいたま市、小6)

警察官兼務ボディーガード

 A 江戸時代、藩主の参勤交代の時にボディーガードをしたり、農民が一揆(暴動)を起こさないよう情報を集めたりしていたのが忍者です。伊賀流忍者博物館の学芸員、幸田知春さんは「警察官兼ボディーガードのような存在でした」と話します。伊賀流(三重県伊賀市)と甲賀流(滋賀県甲賀市)が有名で、それぞれちがった歴史を持っています。今回はおもに伊賀流について紹介します。

 江戸時代、「伊賀者」として幕府に雇われていた人たちが、今は「伊賀流忍者」と呼ばれています。「伊賀流忍者の起源は、はっきりとはわかっていませんが、飢饉(食べ物が不足して飢え苦しむこと)や災害が多かった鎌倉~戦国時代に、生活を守るために権力者を批判して反乱を起こした人や、傭兵(雇われて戦に参加する兵士)だと言われています」と幸田さん。一方、甲賀流は、山で修行する山伏が起源だったと言われており、薬草の薬を売り歩いて情報を集めるのが得意だったそうです。

 権力に反抗したり、傭兵だった彼らが、なぜ忍者になったのかは定かではありませんが、立場が弱い下級武士が、剣術や呪術など「忍びの術」を身につけることで、仕事を得ようとしたようです。

 「江戸時代初期、“就職活動”をしたという記録が残っています。『万川集海』という忍術伝書には、▽コミュニケーション能力が必要▽常に笑顔で――といったことも書かれていますよ」と幸田さん。ほかにも、忍術伝書には、言葉で誘導し、人の意見を引き出す方法▽人が本音を話すようになる薬の作り方――が書かれていました。知力と体力、人々をまとめる能力が必要なため、地域でも力のある人が忍者になることが多かったようです。

 頭巾をかぶり、全身黒い忍者服を着た忍者のイメージが作られたのは「昭和30年代に忍者マンガのブームが起きた影響でしょう」と幸田さんは話します。ふだんはほかの侍と似たような服装で、敵地に行く時は、変装していたそうです。【中嶋真希】

忍者は海外でも大人気。忍者姿で伊賀上野城本丸に集合したインドネシアからのツアー客=2014年撮影

(「疑問氷解 Vol.10(毎日小学生新聞)」より)