今から100年前の1923年9月1日に発生した関東大震災で復興に力を尽くした後藤新平。「都市計画の父」とも呼ばれますが、実はキャリアのスタートは医師。台湾総督府の民政長官や東京市長、満鉄、国鉄、東京放送局(現在のNHK)の初代総裁などさまざまな仕事に携わりましたが、その根底にはいつも「いのちを衛る」=「衛生」の思いがありました。
今回は「後藤新平がわかる」から誌面の一部をチラ見せします。
大震災から街を立て直したリーダー
震災からの「復旧」ではなく、「復興」を。前と同じに戻すのではなく、よりよい街をつくろう、そう目指したのが内務大臣の後藤新平です。
当時、首都を移そうという意見もありました。しかし、新平は「遷都はしない」ことを基本に、30億円の予算をたて、焼けたあとの土地を買い取り、幅の広い真っすぐな道路や公園、がんじょうな橋などをつくることで、今後、地震や火事があっても大きな被害を出さないための都市計画を進めるべきだと考えました。新平は優秀な専門家たちを集め、粘り強く復興プランを実現していきます。
9月2日の夜(関東大震災の翌日)に後藤新平が考えた基本策
- 遷都はしない
- 復興費は30億円
- 欧米最新式の都市計画を採用する
- 新都市計画実施のために地主に断固たる態度をとる
本誌では、関東大震災後に後藤が立案した計画のその後はもちろん、その生涯を幼少期から晩年までを見開き単位でわかりやすく描きます。がき大将だった少年が貧しさと挫折を乗り越え、努力を重ねて成長する姿は多くの方の励みになるでしょう。
いつも壮大なプランで周囲を驚かせ、「大風呂敷」とも評された後藤ですが、その計画には緻密な調査がともなっていたこと、感染症対策で成果をあげたこと、北里柴三郎や新渡戸稲造との交流エピソードなども紹介します。
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Newsがわかる特別編 後藤新平がわかる
出版社:毎日新聞出版 定価:850円