今年は戦後77年の年です。日本の人口の8割以上が戦後生まれで、戦争体験者から話を聞く機会はどんどん減っています。そんな中、最新の技術で、戦争をより身近に感じてもらい、体験を風化させない取り組みが広がっています。戦時中に撮られたモノクロ(白黒)の写真をカラー化する取り組みも、その一つです。東京大学大学院教授の渡邉英徳さんに聞きました。【田嶋夏希】
◇戦争の記憶は消えてしまうの?
戦後77年となり、戦争体験者の高齢化はさらに進んでいます。語り部として積極的に経験を伝える人もいますが、家族にすら話さない人もたくさんいて、その人が亡くなってしまうと、体験自体が消えてしまうことになります。時間の経過とともに戦争の記憶が薄れてしまうことに、渡邉さんも危機感を抱き、「ロシアによるウクライナ侵攻が始まったことで、太平洋戦争の当事者意識が薄れていることが裏付けられたと感じた」と言います。その解決策の一つとして、2016年から取り組んでいる、AI(人工知能)によるカラー化写真を挙げます。
◇歴史が「自分ごと」になるの?
「カラー写真が当たり前の現代人にとって、モノクロの写真は不自然に感じ、自動的に『昔のできごと』だと思ってしまう」と渡邉さんは指摘します。渡邉さんが作成に携わった、広島と長崎の原爆に関する証言を集めたサイト「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」では、被爆者の文章は反響が大きく、よく読まれるそうです。それに比べると、写真へのアクセスは少なく、理由を探っていた時に、AIによるカラー化技術を知り、広島の原爆ドームの写真を初めてカラーにして見てみました。渡邉さん自身も、まるで今起きているできごとのように感じ、「相当びっくりした」と振り返ります。
カラー化で私たちが普段見ている世界に近づけることで、過去のできごとが「自分ごとになる」と言います。渡邉さんはカラー化した写真を自身のSNS(ネット交流サービス)に上げていますが、長崎のきのこ雲の写真をはじめ、どれも反響が大きく、カラー写真が伝える力の大きさを感じるそうです。さらに、カラー化することで、モノクロでは周囲と一体化して気付けなかったものが、町が燃える煙だったと分かり、被害の状況がより詳しく分かるといった利点もありました。
◇どうやってカラー化しているの?
カラー化には二つの工程があります。はじめにAIが自動で色づけします。AIはカラー写真とモノクロ写真を300万枚見て、「写真の上の方に広がる丸い物には白い色がついていることが多い」「(人の顔にあたる)丸い部分には同じような色がついている」などの特徴を自ら学習します。学習に基づいてAIが色づけした部分を、今度は人の手で修整します。服の色や旗の色など、モノクロ写真では人にも想像ができないものに、AIが色を付けることはできないからです。当時の資料を調べて、ボーイスカウトの制服や旗の色などを手動で色づけします。
こうしてカラー化した、広島に落とされた原子爆弾のきのこ雲の写真をSNSで公開したところ、当時を知る人から「雲はオレンジ色だった」と証言がありました。さらに「上と下でオレンジの色が違った」という証言も寄せられました。インターネットを介して、体験者の記憶や、科学的な研究の成果が集まります。人とAIの共同作業でどんどん現実に近い写真になっていきます。
◇カラー化が記憶を呼び起こすの?
カラー写真には、体験者の記憶を呼び起こす作用もあります。渡邉さんは、写真をカラー化するこの試みを「記憶の解凍」と名付けています。新潟県長岡市で撮影された小学校の集合写真をカラー化した時に、当時の児童が服の色を教えてくれたことがありました。モノクロ写真を見た時には、服の色まで意識がいきませんが、カラー化することで初めて色についての話ができると渡邉さんは説明します。渡邉さんと「記憶の解凍」に取り組む庭田杏珠さんが原爆が投下される前の広島で撮影された写真を見せた時に、そこに写っている花が「たんぽぽだった」などと、写真がきっかけで家族との思い出がよみがえったこともありました。
◇最新のテクノロジーにできることは?
戦争を「自分ごと」にする方法は、他にもあります。現在起きているロシアによるウクライナ侵攻では、リアルタイムで住民が撮影した写真を3D(立体)のデータにすることで、被害の状況を平面でなく、これまでにない形で知ることができています。渡邉さんのSNS上では、同じ日付に撮影された太平洋戦争とウクライナ侵攻の写真を並べて、過去の戦争と現在進行中の戦争を重ねて見られる工夫もしています。核兵器が世界に広がらないようにする核拡散防止条約(NPT)の再検討会議が開かれているアメリカのニューヨークでは、8月6、7日にウクライナの3Dデータや太平洋戦争中のカラー化写真などが展示されました。「カラー化にとどまらず、時代に合った伝え方の可能性がある」と渡邉さんは言います。(2022年08月10日掲載毎日小学生新聞より)