今年は、高松塚古墳(奈良県明日香村)で極彩色の壁画が見つかってから50年の年です。1300年の時を経て現れた色鮮やかな壁画は、「歴史的な大発見」といわれ、空前の古代史ブームを巻き起こしました。その一方で、カビによる壁画の劣化や石室解体などの憂き目にも遭いました。さあ、壁画がたどった50年を振り返るんジャー。【長尾真希子】
◇古代史ブームが起きたって本当?
高松塚古墳は、7世紀末から8世紀はじめに築かれたとされる円墳です。1962年ごろ、明日香村の村民がショウガを貯蔵しようと、墳丘近くに穴を掘ったところ、四角い切り石を発見。72年に関西大学などの研究者・学生グループが発掘調査を始めると、赤や黄色など鮮やかな極彩色の壁画を発見しました。
16枚の凝灰岩でつくられた石室の内側に塗られたしっくい(白い絵の下地のようなもの)の上には、計16人の男性と女性の群像や四神(青龍、白虎、玄武。朱雀のみ未確認)、星宿図(中国の星座)、日月像が描かれていました。中も、西の壁石の4人の女子群像は「飛鳥美人」の別名でも知られています。教科書にも載っているので、みなさんも見たことがあるかもしれません。
この「歴史的な大発見」が新聞で報じられると、全国に古代史ブームが巻き起こりました。高松塚古墳を一目見ようと全国から人が押し寄せ、平凡な円墳は一夜にして「全国区」に。壁画をデザインした郵便切手が1億2050万枚も発行され、爆発的な売り上げを記録しました。
◇発掘の様子を教えて
発掘は、奈良県立橿原考古学研究所と関西大学の学生を中心に行われました。網干善教助教授(当時)の指導の下で発掘作業に参加していた当時20歳の森岡秀人さん(70)=橿原考古学研究所共同研究員=に、その時の様子を教えてもらいました。
壁画が発見された3月21日は、雪がうっすら積もる寒い日でした。壁画が見つかったのは、正午すぎ。網干さんが血相を変えて出てきたといいます。森岡さんが盗掘の穴から首を突っ込んで石室内をのぞくと、西壁の男子群像が目に飛び込んできました。「まず、緑、黄、赤の鮮やかな色にびっくりしました。あまりの驚きに、しばらく信じられなかったです」
森岡さんは、父から借りたカメラで発掘の様子を撮影していたほか、詳細にノートに記録していました。その日の夜は、興奮の冷めない様子で「感激の夜」「この日の強烈な感動と印象をいつまでも忘れずにもっていたいものだ」とつづっています。
森岡さんは「壁画をただ美しいだけで終わらせるのではなく、『どうやったら年代がわかるのか』などの疑問を持ち、東アジアとの交流の歴史に関心を持ってほしい」と、子どもたちにメッセージを寄せてくれました。
◇壁画はどうやって保存されているの?
高松塚古墳は73年に特別史跡、壁画は74年に国宝に指定されました。国の役所の文化庁が管理し、76年から現地で壁画の修理をしていました。しかし、石室内の温度や湿度の変化、人の出入りなどで、2004年にカビなどによる深刻な劣化が表面化。壁画にカビがはえ、黒ずんだり、色が薄くなったりしていることがわかりました。
そこで対応を迫られた国は、現地保存という文化財の大原則を覆す「苦渋の決断」で07年石室解体。石材ごと古墳の外に取り出し、明日香村にある仮設修理施設でカビの除去などの修理を20年3月まで続けました。一時は黒ずんでいた「飛鳥美人」も今では輪郭がはっきりするなどきれいに「お化粧直し」されました。
壁画は現在、石材を金属枠で固定し、湿度55%、室温21度に設定して紫外線を遮断した仮設修理施設に保管されています。極力、光を当てないよう、作業を行うとき以外は暗室になっています。
◇私たちも壁画を見られるの?
古墳はお墓であり、壁画は石室に葬られた人のために描かれたものです。文化庁は、壁画をいずれ古墳に戻す方針ではあります。しかし、現段階ではカビの再発防止などの技術が確立されていないため、「当分の間」との条件付きで古墳の外に保管しています。
現在、壁画は仮設修理施設で保管され、年に4回、一般公開(事前申込制)をし、ガラス越しに壁画を見学できるようにしています。さらに、文化庁は今年3月、新たな保管・公開施設を29年度までに造る方針も明らかにしました。文化庁の米村祥央・古墳壁画対策調査官は「壁画を見て、日本国家誕生の時代に思いをはせてもらえたら」と話しています。
また、橿原考古学研究所付属博物館では、三次元データで表面のでこぼこまでも再現した「飛鳥美人」などの壁画の陶板を見ることができます。
◇世界遺産にならないの?
奈良県や明日香村などは「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」を、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産に登録しようと取り組んでいます。その一つに、高松塚古墳も含まれています。
日本が東アジアと交流し、国のかたちを整えていったプロセスが遺跡で分かることを、遺産の価値として主張しています。高松塚古墳では、中国大陸の高い文化水準を示す四神や星宿図の思想などが壁画に落とし込まれ、古墳そのものが古代の国際交流の証しとなっています。世界遺産には、最短で2年後、24年の登録を目指しています。
(2022年06月08日掲載毎日小学生新聞より)