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ブックガイド「文系と理系はなぜ分かれたか」

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大学受験を前に必ず行き当たるのは、文系と理系どちらを選ぶのがよいかでしょう。自らの得意不得意な科目を鑑み将来どんな仕事に就きたいか、さらにはどちらが就職により有利になりそうかとの「打算」もでてくるかもしれません。そもそもいつからどんな経緯で文系と理系は区分けされたのでしょう。

女性は理工系に向かないは本当?

科学史家の著者は、その起源を西洋中世の大学組織の誕生から紐解きます。当時、大学で学ぶ科目は文系/理系に分かれていませんでした。上級(専門)学部として神学部、法学部、医学部、そして下級(学芸)学部として文法・修辞学・算術・幾何学など自由学芸7科目がありました。現在、理系学部といえば想定される理学部・工学部はありません。総合大学内に学部として工学部ができたのは1888年、日本の帝国大学(現・東京大学)が初めてと言われています。

上級・下級とあるように学問間でヒエラルキー(階層)がありました。当時は身分制社会だったため、その層が学ぶべきことがある程度決まっていたことからも、文系理系という区分ではなく、学問分野や身分の違いを前提に大学がつくられていたのです。

その後、大学の外で有志が集まって形成された「アカデミー」が「制度」となったことから少しずつ専門の分化が進んでいきました。一方、学問としての諸学の成立については、理系学問のほうが文系よりも先んじていました。文系(人文社会科学)ができたのは理系からずっと先のことです。政治的権威(国王)そして宗教的権威(キリスト教)の影響下で学問としての近代化(自律)が相対的に遅かったからです。

現在の人文系学部を構成する社会科学の概念が生まれるのは18世紀末、人文科学(人文学)にいたっては19世紀末から20世紀初頭です。学問分野としては存在していても、制度として定着するには長い時間がかかっているのです。

近代化に向かう明治期の日本は海外から学問を「様々な分野に細分化した諸科学」として受け入れました。著者は文系/理系の区分に影響を与えたのは官僚組織と中等教育だと指摘しています。明確に二分類されるのは1910年代。その意味で日本では文系/理系の歴史はまだ100年余りしかないのです。

その流れを経てやがて日本が西欧列強らと対立し戦争の足音が聞こえるようになると、国家への貢献を目的に理工系重視の政策が助長されていったといいます。敗戦後も国家戦略として生産性向上をはかるため、「技術革新」が重視されるようになります。その後、幾度かの浮き沈みはあるものの、日本は「科学技術立国」を掲げてきたのです。

本書は文系理系が分化されていく変遷や産業界での位置づけに加えて、昨今の潮流の一つ「多様性」(ダイバーシティー)を考える上で重要な「ジェンダー」にも着目します。日本では男性よりも女性のほうが理工系選択者の絶対数が少ないです。本書に書かれているデータによると、2014年OECD調査では工学部卒業生で女性の占める割合は1割前後だそうです。

とくに、女性が理工系学問を研究するのに向いているのか否か、男女の性差による能力の違いはあるのかは、よく言われることです。その疑問に対して著者は、各種テスト調査や進学率などの数字からみると、いつどの地域で何を調査するかによって結果に違いがあり断言はしていません。著者の見方では、20世紀中頃では、男子と女子の能力は平均値において違っており、女性が知的に劣っている考え方が主流でしたが、21世紀初頭では「男女の平均値はほぼ同じだが、優れた者の間で違う」との見解に変化しました。それゆえに「現在は少しずつ差がなくなりつつある途中で、未来にはそれもほとんどなくなるのでは、と推測することも理論上は不可能ではありません」。

周りの環境によっても、理系観が育成されるようです。2022年6月6日の日本経済新聞女性面には、内閣府が公立中学校2年生を対象に行った調査から、保護者の母親の最終学歴が娘の進路に影響を及ぼすと考えられる、との記述がありました。つまり身近にロールモデル(模範)がいるかいないかで、当人にも将来の方向性が見えてくるのです。

さて、本書のあとがきで著者はこういいます。

執筆の過程で見えてきたのは、むしろ、諸学の統一への夢は常にあったのに、それとは違う方向に歴史が進んできたという事実でした。諸学問は、一つになることへの願望と現実における分裂・細分化という、二つの極を揺れ動きながら、実際の所、どんどん多様化し、複雑になっていったのです。

昨今では他の学問領域にまたがるような諸問題がいろんなジャンルで起きています。環境破壊、人権問題、AI(人工知能)を筆頭として情報技術の発展など毎日のように新聞で取り上げられる話題は、従来の文系/理系の枠組みだけではとらえきれなくなってきています。そのような状況下で文系/理系の区分けが問い直されていくことは間違いなさそうです。(成相裕幸・ライター)

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文系と理系はなぜ分かれたのか

著者:隠岐さや香 出版社:星海社 定価:1,078円

著者プロフィール

隠岐 さや香(おき・さやか)

科学史家。東京都出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。博士(学術)。現在、名古屋大学大学院経済学研究科教授。単著『科学アカデミーと「有用な科学」―フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(名古屋大学出版会、2011年)は、科学史・社会史・思想史を横断する力作として第33回サントリー学芸賞(思想・歴史部門)を受賞するなど高く評価された。共著に『科学の真理は永遠に不変なのだろうか』(ベレ出版、2009年)、『科学思想史』(勁草書房、2010年)、『合理性の考古学』(東京大学出版会、2012年)、『ポスト冷戦時代の科学/技術』(岩波書店、2017年)などがある。