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【ニュースがわかる2024年5月号】巻頭特集は10代のための地政学入門

ブックガイド「従順さのどこがいけないのか」

「従順」を辞書で引いてみると「性質・態度などがすなおで、人に逆らわないこと。おとなしくて人の言うことをよく聞くこと。また、そのさま。」とあります(デジタル大辞泉)。自分の仕事や日常生活でどんな場面を思い出しましたか。実はそこに「政治」的関係があるとしたら、これまでと同じ態度でいられるでしょうか。

「しかたない」とすぐ諦めることが危険な理由

著者は本書で政治は私たち自身が日常生活において毎日のように経験していることだといいます。例えば学校をみてみましょう。端からみると世間の常識とかけ離れていると思われる校則の是非がネット上で話題になることがあります。生徒たちは「理不尽」と思いつつも、「それがルールだから」と不承不承従っていることもあるでしょう。それらを聞いた保護者も「そう決まっていることだから」とあまり気にとめることもないかもしれません。

著者はこのような何者かが権威として立ち現れ、人々がその権威に服従すべきだと考えるような状況を政治と定義します。権威と服従の関係は、学校でも企業でも一般的な家庭でも起きています。家庭では親、学校では教師、会社では上司が権威となります。

こういった場では、日本特有とされる「空気」に従うこと、自分はそうではないと思っていても周りの意見や行動に合わせてしまう「同調圧力」が、権威と服従の関係をより強固なものとすることもあるでしょう。

その現状を黙認する態度について著者は基本的には従順であることに変わりませんといいます。分かりやすく言えば「見て見ぬふり」です。でも、従順は本当に正しい行いでしょうか。従順を繰り返せば、抵抗することに抵抗を覚え、自らにとって重要な進路や将来についての重要な決断さえ、他人の考え方にそったものとなる可能性もあるかもしれません。

では何に従うべきなのか。その一つとして著者は自分の良心の声をあげます。日本語で「良心」を意味する英単語の語源や、ヨーロッパの言語や思想的な伝統によると神と共に知ること」と「自分自身と共に知るの理解があるそうです。後者の「自分自身」というのは「自分の理性」のこと。つまり社会的慣習や常識など、自分以外の人間にすぎない他者に対して判断を委ねるのではなく、他ならぬ自分自身が判断することが自立を主張することになると著者はいいます。

その判断の基準として、「共通善」への配慮をあげています。共通善の定義は「人々が共通に善いものをみなすものであり、ある共同体全体の利益」です。これが「市民社会が成立するための基礎であり必要条件」でもあります。最近でいえば、新型コロナウイルス感染症から国民一人ひとりの健康と安全を守ることが「共通善」といえるでしょう。

ただ、自分が従順・服従を拒否したとしても、誰かがその命令を実行してしまったら同じことだ、と考えるかもしれません。著者はその主張を一部認めつつも「結局は、一人ひとりの判断・決断にかかっている以上、良心に従い、共通善の実現を目指して行動する人が一人でも多いか、少ないか、で結果は異なってくるはずです。」といいます。 

そのうえで、末尾をこう結びます。「自分の信念をどこまで妥協せず貫き通せるか。自分が予期したのとは異なる結果をも引き受けつつも、その結果に挫けず「共通善」の実現のために、どこまで努力を続けるか。」

他人がどう実行するかは一旦置いて、あなたの良心と共通善にとって正しいかどうか問うてみること。そしてどんな行動を選択するのか。それは他でもないあなた自身が決めることなのです。(成相裕幸・ライター)

紹介した本はコチラ

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従順さのどこがいけないのか

著者:将基面貴己 出版社:ちくまプリマ―新書 定価:924円 

本書の目次

第1章 人はなぜ服従しがちなのか
第2章 忠誠心は美徳か
第3章 本当に「しかたがない」のか
第4章 私たちは何に従うべきか
第5章 どうすれば服従しないでいられるか
第6章 不服従の覚悟とは何か

著者プロフィール

将基面貴己(しょうぎめん・たかし)

1967年神奈川県横浜市生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。英国シェフィールド大学大学院歴史学博士課程修了(PhD)。ケンブリッジ大学クレア・ホールのリサーチフェロー、ブリティッシュ・アカデミー中世テキスト編集委員会研究員、ヘルシンキ大学歴史学部訪問教授などを経て現在、ニュージーランド・オタゴ大学教授。研究領域は政治思想史。英国王立歴史学会フェロー、欧州アカデミー(Academia Europaea)外国会員。著作にOckham and Political Discourse in the Late Middle Ages (Cambridge University Press)、『ヨーロッパ政治思想の誕生』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『言論抑圧 矢内原事件の構図』(中公新書)、『反「暴君」の思想史』(平凡社新書)、『日本国民のための愛国の教科書』(百万年書房)、『愛国の構造』(岩波書店)などがある。(本書プロフィールより)