【ニュースがわかる2024年6月号】巻頭特集は地震大国ニッポン 被害を減らすために

紛争のアフリカ スーダン どんな国? 何が起こった?

アフリカ東部の国、スーダンで4月15日に紛争が始まり、犠牲者が多く出るなど危険な状態になっています。約110万人が避難する中で、停戦の約束は何度も破られました。日本から遠く、情報が少ないスーダンで何があったのでしょう?(「Newsがわかる2023年7月号」より)

権力争いで国民が犠牲に

 紛争のきっかけは、4月15日にスーダン軍と“第2の軍”といえる組織が戦いを始めたことです。原因は権力者どうしの自分勝手な争いで、首都ハルツームでは大統領宮殿や空港を取り合って銃撃戦が続きました。

 巻きぞえになった人を含め、5月下旬までに700人以上が死亡し、5200人以上がけがをしました。

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国際協力で日本人ら帰国

 スーダンでくらしていた日本人の多くは自衛隊などの助けを得て国外へにげ、そのうち48人が4月29日に帰国しました。

 避難を支えたのは国際協力です。日本人の避難者たちはハルツームから北東部の都市ポートスーダンまで車で移動し、そこから航空自衛隊の飛行機で近くの国ジブチへ脱出しました。車での移動はおそわれやすく危険でしたが、韓国やアラブ首長国連邦、国連などの協力で無事に到着しました。

 フランス軍の飛行機に乗せてもらってジブチへにげた人もおり、岸田文雄首相はこれらの国々に感謝のことばを述べました。

 また、別のルートでほかの国にのがれた日本人もいました。

支援の医師「平和がもどったらまた」

 帰国した人の中には福岡県北九州市のNPO法人「ロシナンテス」理事長の川原尚行医師(57)がいました。約20年前からスーダンで診療や診療所建設を行っています。

 ハルツームからポートスーダンまでの30時間をこえる決死行について「先が見えない状況だった。必死に車列について行った」とふり返り、スーダンに平和がもどったらまた支援したいと語りました。

スーダンから帰国した「ロシナンテス」理事長の川原医師(左)。右は山田賢司外務副大臣=東京・羽田空港で4月29日

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