小泉八雲と怪談ニッポン【月刊ニュースがわかる10月号】

多数決で決めてはいけないことは <この世界のしくみ>

 誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。

「本当の多数決」なら……ツチヤさん

 多数決で決めてはいけないことなんてない! ……って言うと、ゴードさんやコーノさんからこう反論されちゃうかもしれないな。多数決では少ない方の意見が必ず切り捨てられるから、多数派と少数派で意見が対立していることは簡単に多数決で決めてはいけないって。

 でも、この考え方の中には、多数決に関する大きな誤解が含まれていると思う。多数派が少ない方の意見を切り捨てるために多数決を使うのは、多数決の本来の使い方ではないんだ。多数決とは、人数の多い方が少ない方の意見をよく聞いて、少ない方も納得できるような新しい意見を作り、みんながそれに賛成できるようになってから使うものだ。

 つまり、全員が多数派になれるように努力した後に使うのが、本来の多数決の使い方なんだ。多数決がこんなふうにちゃんと正しく使われるなら、どんなことを決めるときに使っても問題ないと僕は思うよ。

「本当の多数決」なんてない……ゴードさん

 たしかに、話し合って全員が納得できる意見が作れたら、一番良いとは思うよ。でも、そんなの無理じゃないかな。一人でも反対する人がいたら話し合い続けるのだとしたら、時間がいくらあっても足りなくて、何も決められなくなっちゃうよ。

 逆に、途中で話し合いをやめるのだとしたら、いつやめるかはどうやって決めるの? 「もう十分話し合ったと思う人は手を挙げて」って多数決を取るのだとしたら、きっと多数派の人たちがみんな面倒くさがって手を挙げるはずだよ。そうしたら結局、少数意見はちっとも聞いてもらえないじゃない。

 それに、クラスで私が話し合いたいことがあっても、「そんなのどうでもいいよ、面倒くさい」「話す必要ないよ」って取り上げてもらえないこともある。つまり、そもそも何を話し合うべきかさえ、多数決で決まっちゃうんだ。

 ツチヤさんの言う「正しい」話し合いや多数決なんて、現実には存在しないと思う。実際にはたいていなんでも、「おかしな多数決」で決まってしまっているんだ。だから、どうすればそれより少しでもましな決め方ができるか、いつも注意深く考えていなくちゃね。

「自分のこと」は、だめ……コーノさん

 多数決で決めていけないことは、もちろん、あるよ。それは自分に関することだよ。たしかに、たくさんの人に関係することとか、社会全体のことについては、ツチヤさんのいうように、みんなで考えて議論してから、多数決で決めたほうが良いと思う。

 でも、私たちは、自分自身がどこに行きたいとか、何が知りたいとか、どんな職業につきたいとか、どこで暮らしたいとか、誰を愛したいとか、どういう人になりたいとか、どんな人を仲間にしたいとか、そういうことは自分で決めたいはずだ。

 人にアドバイスをもらったり、相談したりはしても、自分のことは最後は自分で決めたい。他人に危害や迷惑を与えない限り、自分の思う通りに自由に生きたい。自分のことは多数決どころか、勝手に他人に口出ししてほしくない。

 だから、自分の生き方に関わることが多数決で決められてしまったら、それを拒否できる権利がとても大切だと思うんだ。自分はいまはこの社会の一員だけど、自分の生き方に口を出してきたら、この社会に抗議する、この社会を去る、この社会を出ていく、そういう自由の気持ちをもっていることが必要だ。それが人間の尊厳ってものだと思う。自分の自由の世界を、他人に左右されてはならない。社会からも、友達からも、家族からも、誰からもね。


「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中

<5人の哲学者をご紹介>

河野哲也(こうの・てつや)

立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。

土屋陽介(つちや・ようすけ)

開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。

村瀬智之(むらせ・ともゆき)

東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。

神戸和佳子(ごうど・わかこ)

東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。

松川絵里(まつかわ・えり)

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。

 

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