「戦後80年企画」80年前の子どもたち【ニュースがわかる8月号】

なぜ聞いた曲が頭で流れ続けるの? <この世界のしくみ>

 誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。

しくみはわからない……コーノさん

 それは一度記憶されたものが、どのように思い出されるかという問題だよね。こういう記憶や思い出しに関わる分野は、心理学という科学なんだけど、実はなぜそういうことが起こるのか、そのメカニズムは心理学でもまだよくわかっていないようなんだ。ふつう、記憶されたことって、自分で思い出そうとすると思い出せるように思うよね。たとえば、学校のテストで、このひらがなの言葉を漢字に直しなさいっていう問題で、「え〜と、こうだったかな」とか考えながら思い出すよね。

 でも、そんなに思い出そうとしなくても思い出すことってある。テストでも、思い出そうとする努力なしに思い出すことも多いし、友達や先生の名前、もしかするとその誕生日とかもスラスラ思い出すんじゃないかな。

 それに自分で勝手に何かを思い出すってこともあるよね。フッと以前旅行した風景を思い出したこととかないかな。だから、音楽も勝手に思い出すことがあるんだと思う。でも、音楽ってしばしば繰り返し聞こえてくることがあるよね。好きな音楽が繰り返し頭の中で流れるならいいけど、テレビのコマーシャルであんまり好きでない曲まで頭にこびりついてしまうことがあって、あれはいやだよね。

 でも、その頭の中で流れる曲って、歌詞やメロディーや楽器の細かい音まで正確に繰り返されているかな。少なくとも私の場合はそうじゃない。歌詞とか途中でわからなくなったり、細かい音程が間違っていたりする。だから、本当に正確に耳に張りついているわけではないと思う。本当は、音を記憶しているんじゃなくて、頭の中で自分で鼻歌みたいに歌って再現しているんじゃないかな。

 私はあんまり繰り返し同じ曲が流れるときには、本当の曲を耳で聴いて打ち消すことにしているんだ。変な話だね。

まとめて記憶……マツカワさん

 虹を思い浮かべようとすると、一色だけじゃなく、赤、だいだい、黄、緑、青、藍、紫と、いくつもの色が弧を描くのをいっぺんに思い出すよね。音楽もそれと同じなんじゃないかな。

 つまり、私たちが音楽を聴くとき、一音ずつ別々に聴いているわけじゃない。いくつもの音の連なりを、メロディーやリズムを感じながら、まとめて聴いているんだ。だから、いったん曲を覚えたら、ほんの出だしを思い出しただけでもう止まらない。まとめて覚えたメロディーが、次々と頭の中に浮かんできてしまう。

 私なんて曲の終わりをしっかり覚えていないもんだから、サビのところばかり頭の中でぐるぐる繰り返しちゃうことがよくあるよ。お祭りやスーパーでかかっている曲もそう。同じ曲が何度も繰り返し流されるから、どこでどう終わるかわからなくて、頭の中でも延々と流れ続けてしまう。

意味よりメロディー……ゴードさん

 同じ記憶といっても、覚えやすいものと覚えにくいもの、思い出しやすいものと思い出しにくいものがあると思う。メロディーやリズムがはっきりしている曲、特に、声に出して歌えるような「歌」は、とても人間の記憶に残りやすいのではないかな。長い詩を覚えるのは大変だけど、歌詞ならかなり早く覚えられるし、長い間忘れずにいられるよね。お店の名前や電話番号も、読んだだけ、聞いただけなら忘れてしまうけれど、CMソングになっているとすぐに覚えて、逆に忘れられなくなってしまう。勉強でなかなか覚えられない言葉も、替え歌にすると覚えられるし、意味のわからない外国語でも、歌なら歌える場合もある。

 私たちはふつう意味がつながらない言葉や、自分の生活の中でさほど意味のない事柄は、なかなか記憶することができない。でも、歌にすると、意味ではなく音とリズムのつながりに頼って、覚えることができるみたいだ。

 ということは、私たちにとって「音やリズムのつながり」は、「意味のつながり」よりも強いものなのではないかな。だから、ふだんは「意味」でつながっている自分の生活や考えの中に、突然、無関係な音楽が現れて、なかなか意味のつながりの方に戻れなくなって、びっくりするんだと思う。
「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中

<5人の哲学者をご紹介>

河野哲也(こうの・てつや)

立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。

土屋陽介(つちや・ようすけ)

開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。

村瀬智之(むらせ・ともゆき)

東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。

神戸和佳子(ごうど・わかこ)

東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。

松川絵里(まつかわ・えり)

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。

 

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