誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
じっくり観察を……ムラセさん
本当に相手のことがいやなら、つき合わないようにすることが大切だ。だって、そうしないと、ストレスがたまって自分がいやなやつになってしまう。自分がいやなことをされたせいで、他の人にいやなことをしてしまう人。実は大人でもたくさんいるんだ。それは、いやなことをされると、疲れてしまうからでもある。だから、自分を守るためにも、いやな人とはなるべくつき合わないようにすることが大切なんだ。
でも、つき合わないわけにはいかないときもある。そういうときは、相手のどこがいやなのかをじっくりと見る。相手の行動だけじゃない。自分の気持ちもじっくりと見る。どんなときに自分がイラッとするのかを観察するんだ。そして、相手がいやなことをする理由を考える。相手に聞いてもよい。多くの場合、いやなことをする人は自分がいやなことをしていると思っていない。良かれと思ってやっていることすらある。こういうときは、自分がいやな思いをしていると知ってもらうことが重要だ。知ってもらえれば、いやな行動を自分の前ではしなくなるかもしれない。
でも、やめようと思っていても、つい、癖(くせ)で続けてしまう人もいる。大きな声を出してほしくない人が近くにいて、そうしないようにしていても、ついついいつもの感じで大きな声を出してしまう。長いあいだそうやってきたからなかなか変えられないんだ。そして、大きな声をあげるたびにその人に怒られていたら、それがいやになってきて、本当は自分は悪くないんじゃないか、なんて思いはじめてしまう。本当は悪いことだとわかっているし、他の人にいやな思いをしてほしくないって思っていても、なかなか変われないうちに、そんなふうに考えるようになってしまうんだ。これは大人にはよくあることだ。こうなってしまうと時間がかかってしまうし、なんだか複雑な話になってしまう。だから、本当は、いやな人が変わるのを待つ時間がとれないことや、それを待つ余裕がないことが一番の問題なんだと思うな。
本気で怒ろう……ゴードさん
いやなことをする人がいても、つい、そのままにしてしまうことがある。なかなか、いやだと言えなくて、我慢してしまうこともある。でも、そんなときは、まだ怒り方が足りない。「怒り」というのは、あまりいい気分ではないけれど、間違ったことを間違っていると感じるときのとても大切な感情なんだ。だから、いやなことをする人がいたら、まずは心の奥深くで、静かに強く怒ろう。全身全霊で、本気で怒ろう。
もしも、怒りを感じないように閉じ込めていたら、どうなると思う? 何が正しくて何が間違っているのか、自分でもだんだんわからなくなってしまう。だから、まずは自分の怒りを、自分で感じ切ることが大切だ。「そんなことをされたら私はいやなんだ!」という自分の気持ちを、まずはしっかりと感じよう。もちろん、勢いにまかせて相手に暴力をふるったり暴言を吐いたりしてはならないし、いやがらせを仕返してもいけないよ。でも、誰もいないところで暴れたり叫んだりするのは、とても大切なことだと思う。
いやなことをなかったことにして、ただ我慢していると、自分がどんどん傷つくだけではなく、周りの人も傷つけることになる。たとえば、いやな人の悪口を、本人ではなく他の人にばかり言っている人がときどきいるけれど、この人も実は怒り方が足りないんだ。十分に怒らないと、自分の中のいやな気持ちを自分で受け止めきれなくて、周りに垂れ流してしまう。そうなると、結局自分が一番いやな人になってしまうね。
いやな人ってどんな人?……ツチヤさん
いやな人とつき合うときは時間をかけて相手が変わるのを待たなきゃいけないっていうムラセさんの話も、ちゃんと怒らなきゃダメだっていうゴードさんの話も、それぞれよくわかる。でもちょっと待って! 二人とも「いやな人」がどんな人かについてはあまり話していないけど、それってそんなにはっきりしていることなのかな? いつでもみんながいやがることをわざとして、それでみんなから嫌われている人がいたとしたら、その人は確かに「いやな人」だ。だけど、そんな絵に描いたようないやな人は、現実にはほとんどいないよね?
前にムラセさんは、あるところで「誰を好きになるかは、好きになる側の人の性格や個性も大きく関係してくる」って言っていた。それと同じことが、「いやな人」にも当てはまるんじゃないかな。つまり、どんな人をいやな人と感じるかは、感じる側の人との相性も大いに関係していると思う。いやだと感じる人は、単に「自分と合わない人」でしかない場合も多いと思うんだ。
もしそうなら、ゴードさんとは逆で、いやな人だなと感じてもすぐには怒らずに、なぜ自分にはその人がいやな人だと感じられるのかを冷静に考えてみることが必要かもね。
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<5人の哲学者をご紹介>
河野哲也(こうの・てつや)
立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。
土屋陽介(つちや・ようすけ)
開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。
村瀬智之(むらせ・ともゆき)
東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。
神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。
松川絵里(まつかわ・えり)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。
画像をクリックするとAmazonの『この世界のしくみ 子どもの哲学2』のページにジャンプします