誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
見た目だけでは見抜けない……ムラセくん
不審者って、そもそもどんな人のことを言うんだろう? おそらく、何か悪いことをする人のことだ。ここで重要なことは、「悪いことをするように見える人ではない」ということだ。
単に悪いことをするように見えるだけで、ほんとうは悪い人ではない、こういう人はたくさんいる。悪い人なのに、悪いことをするように全然見えない、そんな人もたくさんいる。むしろ、ほんとうに悪い人たちは、けっして悪いことをするようには見えないように気をつけているものだ。ということは、見たらすぐにわかるような、そんな「見分け方」はじつは存在しないし、見た目だけで見分けようとすることは、逆にとても危険なことなんだ。
では、どうしたら身を守ることができるのだろう? それは、どんなに親切そうに見えて優しい声で話しかけられても、逆に怖そうに見えて怒られたとしても、それだけで判断しないということだ。その人がほんとうはどんな人かは、しっかりとつきあってみないことにはけっしてわからない。このことを頭に置いて行動するといいよ。
全速力で走って逃げよう……ゴードさん
悪い人かどうか見た目ではわからないというのは、私も賛成。
ほんとうは、悪い人と善い人がいるわけではなくて、どんな人でも悪いことをしてしまうことがあるんだ。とても悲しいことだけれど、知らない人だけではなくて、あなたがよく知っている人たちも、突然あなたを傷つけるかもしれない。だから、大事なことは、悪い人を見分けることではなくて、いま自分が危ない目にあっていないかどうかを、自分自身でしっかり判断することだ。
危険かどうかを教えてくれるのは、自分の感覚だよ。「いつもと違う」「なんだかおかしい」とほんの少しでも感じたら、間違いでもかまわないからすぐに全速力で走って逃げよう。あなたの身を守るためには、相手が悪い人かどうか、しっかりつきあって見きわめる必要はない。
もしかしたら、この人はおかしいというのはただの勘違いで、あなたが逃げたり助けを求めたりしたことで、相手の人が悲しむかもしれない。でも、そうなったら後できちんと謝ればいい。それは謝ってすむことだから。
逆に、もしも、その人がほんとうに悪いことをしようとしていて、あなたがさらわれてしまったり、大けがをしてしまったら、それはまったく取り返しがつかない。だからまずは、自分を信じて何も考えずに逃げたほうがいい。
責任は大人にある……コーノくん
二人の言うことはどちらも正しい。たしかに見た目で判断するのは難しいし、親しい人がじつは不審者だったということもある。だからゴードさんが言うように、とにかく逃げたほうがよいのかもしれない。でも私は、君のような子どもに身を守る方法を教えるだけではなくて、学校の先生や保護者、そして地域の大人たちが対処すべきだと思うんだ。
都会では、見知らぬ人に向かって「こんにちは」とか「いい天気ですね」といったあいさつをあまりしない。大人のなかでも知らない人にはあいさつをしないという人がいるけれど、あいさつは相手を知っているからするだけではなく、相手を知るためにもするんだ。ニコッと笑って言葉をかけて、相手の表情と反応をじっとよく観察する。この人はちゃんと返事ができるかな、それとも何か企んでいて目を伏せるかな、とか。
あいさつをしたり会釈をしたり、ほほ笑んだりといった社交は、何よりも相手を見抜き、身を守るためにあるんだ。不審な人がいたら、子どもよりも大人が行動しなければならないし、それ以前にまず大人があいさつなどをきちんとし合って、街のなかに社交的なムードをつくっておく必要があると思うんだ。
まとめ 切実な問題とどう向き合うか……ツチヤくん
この問いは、最近よく不審者が出るので見分け方や身の守り方を教えてほしい、という思いから生まれたもののようだね。残念なことに、子どもが誘拐されたり殺されたりする事件は頻繁に起こっている。そういうニュースをしょっちゅう目にしている子どもたちにとって、不審者はきっとものすごくリアルな恐怖だし、そういう人をどうやって見抜けばいいのかということは、切実な問題なんだ。
こうした社会において、子どもの身を守る責任は大人にある、というのがコーノくんの意見だ。具体的には、見知らぬ人同士があいさつできるムードを大人がつくることで、子どもが不審者を見抜けるようになる、とコーノくんは考えている。
また、ムラセくんとゴードさんの話を聞いていると、どうやらわかりやすい見た目で不審者かどうかを見分けることはできないみたいだ。「ほんとうに悪い人たちは、けっして悪いことをするようには見えないように気をつけているものだ」というムラセくんの意見は、たしかにその通りだと思ったし、ゴードさんが言っているように「知らない人だけではなくて、あなたがよく知っている人たちも、突然あなたを傷つけるかもしれない」。ここでゴードさんが、身近な人があなたを傷つける可能性について考えているのは、重要なことだと思う。身近な人だとつい油断してしまいがちだし、相手にとってもあなたが身近な人であればあるほど、悪いことをしているという自覚なく、あなたのことを傷つけてくるかもしれない。だとすると、ほんとうに怖いのは、そういう身近な人が不審者だった場合なのかもしれないね。
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<4人の哲学者をご紹介>
コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。
ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)
千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。
ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)
千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。
ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。
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