誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
幸せは日常のなかにある……ツチヤくん
この問いを考えるために自分の生活を見つめ直してみて、いまの自分はまずまず幸せだなあって改めて気づいたよ。やりたいことをやり、ほんとうに嫌なことはできる限りしないで生活ができていて、それなりに自由気ままに生きているって実感があるんだ。とはいえ、そういう生活を維持するのもけっこう大変で、ふだんは「自分が幸せだ」という実感なんてない。仕事もたくさんあるし、毎日の予定をこなすだけでせいいっぱい。だから仕事から帰ってお風呂に入り、頭が空っぽになったときに「幸せだな」って感じることもあるけれど、それは「気持ちいい」とか「楽」に近くて、本来の「幸せ」とはちょっと違う気がする。
「気持ちいい」とか「楽」というのは、瞬間的に感じるものだけれど、「幸せ」はそういうものじゃないと思うんだ。ふだんはあたりまえで何も感じていないことでも、改めてふり返って考えてみることで、それが「幸せ」だと気づくことはよくある。「毎日ごはんが食べられるのは幸せ」とか「家族がみんな健康でいるのが幸せ」みたいにね。こういうふうに人生全体をふり返り、自分の価値観に照らし合わせて改めて考えることによって、「幸せ」ははじめて実感できるものじゃないかと思うんだ。
だからこの問いに答えるなら、僕の幸せは、ふだんあたりまえに過ごしているいまの生活が、ちょっといいものだってことを思い出す(そんなふうに自分をふり返る余裕がある)ときかな。
何を大切にして生きていくか……ムラセくん
僕は「人は幸せになるために生きている」と考えている。これは、幸せと生きる理由には、つながりがあるということだ。幸せは人それぞれで決まった形はなくて、あるとしたら自分で決めた「人生でいちばん大切なこと」ができるときのことだ。もう少し別の言葉で言うなら、自分が幸せだと思うことをするときが幸せ――そんな感じかな。
もちろん、まわりから見るとなんであんなことをやるんだろうとか、そんなつらいことはやめてしまいなよ、と言いたくなるような人生の目標をもっている人もいる。そんな人は、まわりからいろいろ言われるだろうし、そのことで悩むかもしれないけれど、そんなことは幸せとか不幸せとまったく関係がない。誰からもほめてもらえないときだって、逆にものすごくたくさんの人にほめてもらえたときだって同じだ。
そんなことと幸せは、ほんとうは関係ないんだ。重要なのは、そのために生きることができるということで、それだけで十分に幸せなんだ。何しろ、自分にとってのいちばん大切なことがわかっているんだからね。
自分にとっていちばん大切なことを知ることは、とても価値があることだ。もしかしたら、それだけでも幸せなのかもしれないくらい、とても大切なことなんだ。
他人と比べるものではない……コーノくん
もっと単純に考えてみようよ。幸せだと感じるときって、いつでもある。気持ちよかったり、楽しかったりするときが、それ。洗いたてのシーツを敷いた布団に入るとき。みんなとバーベキューをしたとき。山に登って冷たい水を飲んだとき。本を読んで何かがわかったとき。いろいろあるよね。それを見つけるのは難しくない。
ツチヤくんは「楽」と「幸せ」は違うと言っているけれど、そんなに差はないと思うな。何か楽しいことをやっているときにふと気がついて「幸せだな」って思うんじゃないかな。「幸せ」って「楽しい」よりも、ほんの少し思う時間が長いだけじゃないのかな。むしろ、自分が幸せかどうかの判断が難しくなるのは、人と比べたときだと思う。
おいしいごはんを食べているときに、となりにお金がなくて全然食べていない子がいたら、おいしくなくなっちゃう。同じように、となりで「僕が食べているごはんのほうがもっとおいしいよ」と言われても、やっぱり嫌だ。そういうときには幸せな気分になれない。難しいのは、自分の幸せだけじゃなくて、ほかの人の幸せとか不幸せをどう考えるかってことじゃないかな。
一つの解決法は、他人と比較しないこと。自分の気持ちだけに集中するんだ。そしてもう一つは、ほかの人の幸せのことも考えること、かな。そうすると、他人が幸せなときに自分も幸せを感じられるかもね。
まとめ 幸せにはいろいろな種類がある……ゴードさん
「幸せ」ってとても素敵な言葉だね。でも、ふだんの生活のなかで、何かを幸せだなんて呼ぶと、ちょっと大袈裟な感じもする。とても素敵で大切な言葉だから、こんなことを幸せって呼んでいいのかな、と迷ってしまうこともある。改めて、「幸せ」ってどんなことなんだろう。
ツチヤくんは、自分の生活をふり返って、ふだんあたりまえに過ごしているいまの生活がちょっといいものだということを思い出すときが、幸せなときだと言っている。幸せって、後になってから思い出して感じるものなんだね。ムラセくんは、自分にとって人生でいちばん大切なことをできるときが、幸せなときだと言っている。まずは、自分にとって大切なこととはなんなのかを、知っておくことが大切なんだ。ツチヤくんとムラセくんの意見はかなり違うけれど、何かをしているその瞬間だけに幸せがあるのではなくて、前や後に起きたことと結び付けることによって幸せを感じるということが、共通しているよ。
コーノくんはそれとは違って、何かをしているときの「楽しい」「気持ちがいい」といった感じが、そのまま幸せなんだと考えている。でも、そんな単純な幸せも、ほかの人の幸せや不幸せと比べて考えると、判断が難しくなってしまうと言っているね。コーノくんは、他人と比べずに自分の気持ちに集中すれば解決すると言っているけれど、過去の自分の幸せと比較した場合はどうかな。やっぱり、幸せかどうか判断するのが難しくなってしまいそう。コーノくんの言う、いまの自分に集中する幸せと、ツチヤくんやムラセくんの言う、過去や未来の自分につながった幸せは、両立するかな?
★「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<4人の哲学者をご紹介>
コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。
ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)
千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。
ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)
千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。
ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。
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