誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
制度や習慣が違うだけかも?……ツチヤくん
以前、ハワイの小学校に授業見学に行って、その学校の先生と話をしたときのことを思い出したよ。その先生は、日本の小学校を訪問したことがあるらしく、日本の小学校には「そうじの時間」があって、生徒が自分たちで教室のそうじをしていることにすごく驚いたんだって。意外かもしれないけれど、海外の学校では、生徒が教室のそうじをせず、専門の清掃業者に全部任せているところがけっこう多い。だからその先生は、自分たちで教室のそうじをするなんて、日本の小学生はなんて行儀がいいんだろう! ってとても感心したそうなんだ。
でも、ほんとうにそうなのかなあ? それって単に、ハワイの学校ではそうじを専門業者に任せているというだけのことなのだから、自分たちで教室のそうじをしないからといってハワイの小学生は行儀が悪いってことにはならないよね。ハワイの小学校と日本の小学校では、そもそも教室のそうじについての制度や決まりが異なっているんだ。
同じように、仮に外国人と日本人とで行列の並び方に違いがあるとしても、そこには制度や習慣の違いがあるかもしれないのだから、それだけで日本人のほうが「きれい」とか「行儀がいい」とは、簡単には言えない気がするな。
国の違いでなく条件による……コーノくん
私はいろいろな国に行ったけれど、どの国の人も行列をつくることができるよ。日本人の行列が特別だなんて、その話はどこで聞いたの? 外国へ行ってたまたま順番を守らない場面を見た人から話を聞いたのかもね。いろいろな国の空港へ行くと、ほんとうにいろいろな国から人が集まっている。でも、パスポートを見せてその国に入る窓口には、みんなちゃんと列をつくって並んでいるよ。それは、日本の空港と外国の空港でそんなに差があるとは思えない。
外国と日本とを比較するときに、まず二つのアドバイス。確かではないうわさのようなものに基づいて考えないこと。外国に長くいないと、なかなかその国のことはよくわからない。外国に旅行したときに気になった場面があっても、たまたまそのときだけそうなっていたということもある。
もう一つは、国の違いによってではなく、人はどういう条件になるとどういう行動をするかというふうに考えること。日本人でも外国人でも、トイレに行きたくなるとみんな苦しくなって、順番を守らなくなるかも。
どういうときに人は順番を守らなくなるか? たとえば早い者勝ちだと思うと、人は順番を守らない。日本でもバーゲンセールのときには人が売り場に殺到して、順番など関係なく商品を奪い合っている。遊園地でも、乗り場では列をつくるけれど、遊園地の入り口から乗り場までは走っていって、チケットを買った順番などは関係なし。お花見の場所とりも、みんな自分勝手。こういうときには日本人も順番を守っていない。逆に、早い者勝ちの行動をとることができなかったり、とると怒られる場所では、どこでも順番を守っているよ。
日本をほめたいのかも? ……ムラセくん
コーノくんが言うようにほかの国にも行列はあるし、ツチヤくんが言うように並び方や行列のつくり方だって、僕たちがイメージするものと違うからといって「きれいじゃない」ということにはならない。
だとしたら、どうして君は日本の行列を特別にきれいってほめたくなるんだろう? もちろん、ほかの国や地域のことをよく知らないということもあるけれど、それ以上に国がほめられると自分がほめられた気になる、ということがあると思う。これは少し、不思議なことだ。なんで自分の住んでいる国がほめられると、自分がほめられた気になるのだろう?
僕が日本に生まれたのは、ある意味「たまたま」だし、日本に住んでいるのもなんとなく、だ。「国」をほめられたのが嬉しいのではなくて、自分と同じ国に住んでいる「人」がほめられているからかな。たしかに友だちがほめられると、なんだか嬉しい気持ちになることもあるよね。
日本をほめたくなる確かな理由はよくわからないけれど、もしこれがよくあることだとすると、ほかの国と比べるときは注意しなくてはいけないね。だって、どうしても自分の住んでいる国のほうをひいきしてしまうということだからね。
まとめ 日本人の並び方は特別素晴らしい?……ゴードさん
日本の人は順番を守ってきれいに行列に並ぶことができるといううわさ、あなたは聞いたことがあったかな。私もどこかで聞いたことがある。でも三人は、そのうわさをそのまま信じてはいないみたいだね。
ツチヤくんは、日本とほかの国々では習慣がそれぞれ異なっているけれど、ある国の習慣がほかより優れているということにはならないと言っているよ。だから、列の並び方は国によって違うかもしれないけれど、日本の並び方が特別素晴らしいということにはならないはずだというんだね。
コーノくんは、列の並び方は国によって違うのではなく、「条件」によって変わるんだと言っている。つまり、どんな国の人でもきちんと順番を守って並ぶような場面と、順番を守れなくなるような場面があるんだ。
ツチヤくんとコーノくんの意見が正しいとすれば、「日本人はほかの国の人よりも、きちんと順番を守って、きれいに行列に並ぶことができる」という考えは間違いだということになる。それなら、どうしてそんなふうに、日本人のことをほめたくなってしまうのだろう。
この問題について考えているのがムラセくんだよ。ムラセくんは、自分が住んでいる国がほめられると、自分自身がほめられたような気分になるからではないかと推測している。そして、自分の国をひいきしないように気をつけようと言っているね。
自分が住んでいる国や、自分や家族が生まれた国のことを、大切に思うのはいいことだよ。でも、そのために、間違った理由で自分の国をほめたり、ほかの国をけなしたりしてはいけないよね。自分の国を大切に思うからこそ、冷静に正しく、いいところも悪いところも見ていかなければいけないんだ。
★「疑問氷解」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。
ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)
千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。
ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)
千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。
ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。
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