19歳6か月と史上最年少で王将、竜王、王位、叡王、棋聖の5冠を達成した藤井聡太さん(19)。名人への挑戦権を争うA級への昇級も決め、最速で来年、史上最年少での名人獲得や八つのタイトルの全冠制覇に期待が高まっています。強さのヒミツについて、藤井さんの活躍を取材し続ける毎日新聞大阪学芸部の新土居仁昌記者に聞きました。【長尾真希子】
◇どれぐらいすごいの?
愛知県瀬戸市出身の藤井さんは5歳の時、祖父母に将棋を教わり、地元の子供将棋教室に通い始めました。2012年、小学4年の時に杉本昌隆八段の門下で関西奨励会に入会。16年10月、史上最年少の14歳2か月で四段になり、史上5人目の中学生棋士になりました。
プロデビューしてからも負けることなく破竹の勢いを見せます。17年6月に竜王戦の挑戦者を決める決勝トーナメント1回戦で29連勝を達成し、30年ぶりに連勝記録を塗り替えました。
20年7月には、タイトル初挑戦となった棋聖戦で渡辺明棋聖(当時)との五番勝負に勝利して棋聖を奪取、1か月後には木村一基王位(同)との七番勝負に勝ち、王位も獲得しました。翌21年にはこの2タイトルの防衛に加え、叡王と竜王を奪取して4冠に。そして今年2月、名人など3冠を持つ渡辺王将(同)との頂上対決に4連勝。王将を獲得して最年少5冠をあっさり成し遂げました。「強い棋士が並び立ち戦国時代と言われていた将棋界は『藤井1強時代』に突入したといっても過言ではないでしょう」と新土居記者は話します。
◇いろんなブームを巻き起こしてるんだって?
「2016年に中学生棋士としてプロデビューして、いきなり29連勝の新記録を作ると、それまで将棋に関心のなかった人たちの注目も集め、空前の将棋ブームが巻き起こりました」と新土居記者は話します。
藤井さんの活躍をきっかけに他の棋士にも注目が集まるようになり、新しいファンが増えました。対局中に食べる「勝負めし」やタイトル戦で出されるおやつも話題となり、売り切れが続出しました。
自分では将棋を指さないけれど観戦やイベントを楽しむ将棋ファンは「観る将」と呼ばれますが、彼らが将棋界を盛り上げてくれたおかげで、タイトル戦を協賛する企業も次々と現れました。「数年前、将棋界は棋士の将棋ソフト不正使用疑惑でピンチになりました。調査の結果、不正はありませんでしたが、藤井さんの登場で暗かった雰囲気が吹き飛びました。
◇言葉選びが独特?
読書家の藤井さんは、普通の会話ではあまり使われない「僥倖」や「節目」「望外」、最近では「森林限界」など難しい言葉を記者会見などで口にして驚かせます。「日ごろから新聞や本をよく読む藤井さんならでは。でも自分のことが書かれた記事は読まないというから面白いですね」
ちなみに史上最年少にして最速で七段に昇段した当時16歳の藤井さんは、2018年8月に毎日小学生新聞のインタビューに応じた際、小学生に「自分の『好き』を追求しよう!」というメッセージをくれました。「自分も、自分の『好き』を続けてここまで来ました。小学生のみなさんも、自分の興味を持ったことに対して、思いっきり取り組んでほしいです」と話していました。
◇強さのヒミツは?
幼いころから詰め将棋に没頭し、奨励会の三段時代から人工知能(AI)を搭載した将棋ソフトも使って勉強している藤井さん。「藤井さんの将棋を読む力は、『速い、深い、正確』の三拍子がそろっています。時には『AI超え』と言われる一手も指し、手がつけられない強さだと言えます」と新土居記者は指摘します。
「負けず嫌い」の性格も相当なものです。「藤井さんは奨励会時代やプロデビューの直後は、対局中でもミスをすると、ひざをたたいて悔しがっていました」。将棋界のトップをひた走る今は、ひざをたたくことはありません。ただ、劣勢になった時にがっくりとうなだれる姿は時々見られます。「『勝負師は(表情を変えない)ポーカーフェースの方が有利。メンタルを鍛えれば、さらに強くなるのでは』とたずねると、藤井さんは『形勢が悪くならなければその必要はないので、実力をつけるのが先です』と答えたのだから、すごいですよね」
◇名人戦って?
将棋界には現在、名人、王将、竜王、王位、王座、棋王、叡王、棋聖の八つのタイトルがあります。この中で名人は単なるタイトルではなく、江戸時代から伝わる棋士の最高位の称号でもあるのです。
一世名人は1612年に徳川家康から俸禄(給与)を受けた大橋宗桂で、十三世までは子や孫が受け継ぎ一生担う世襲の終身制でした。1935年に毎日新聞社の前身の東京日日新聞と大阪毎日新聞の主催で実力制名人戦が創設され、今は第80期の名人戦が開催中です。
名人戦の挑戦者への道は、5クラスある順位戦の「C級2組」からスタートします。1年間のリーグ戦で上位の成績を上げた人が一つ上のクラスに昇級する仕組みで、トップのA級順位戦の優勝者が名人に挑戦します。名人戦は2日がかりの対局を最大7回行い、先に4回勝った方が名人となる「七番勝負」で、例年4月上旬に開幕します。名人戦以外のタイトル戦は、プロ棋士1年目に挑戦者になることが可能ですが、名人戦だけは昇級のため最低でも5年かかり、この点も他のタイトル戦と大きく違うところです。
通算5期獲得すると永世名人の称号が贈られ、現役の棋士では谷川浩司九段が十七世、森内俊之九段が十八世、羽生善治九段が十九世名人の資格を持っています(原則として引退後に名乗れます)。
藤井さんが来期A級順位戦で優勝すれば挑戦者になり、史上最年少の20歳で名人を獲得するかもしれません。今年3月にA級昇級を決めた直後のインタビューで藤井さんは「名人という称号は江戸時代から続くものなので、重みはとても大きいと思いますし、そういう意味でも、将棋界でのトップの象徴と言えるところもあるのかなと思っています」と話しています。
(2022年04月20日掲載毎日小学生新聞より)