ブックガイド『モモ』

本来すべきことがあるのに目の前のことに気を取られて後回しになり、「時間がない」と後悔するのは誰しもあることです。けれども自分の時間が何ものかに盗まれていたとしたら。他ならぬ自らが進んで時間がなくなるように行動していたとしたら。そもそもあなたは自分の時間を持っていたのでしょうか。

自分の時間はどこにあるのか

ミヒャエル・エンデの「モモ」はそんな問いかけに対してヒントを与えてくれる児童文学の名作です。子ども向けに易しく書かれていますが、大人になってから読むとまた様々な発見ができるファンタジー小説でもあります。

「モモ」の副題は「時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」。時間どろぼうとは「灰色の男たち」です。人間によく似ていて、そこら中にいるはずなのに、誰の目にもとまることのない不気味な存在です。彼らは人間の時間を盗んで生きています。手口は巧妙です。普段の生活のなかで費やしている時間を「時間貯蓄銀行」に預けよと迫るのです。

ある床屋の主人に対しては、生活に不必要な時間を「1秒単位」で計算して、「あなたがこれまでに浪費してしまった時間」「13億2451万2000秒」であると突きつけます。普段私たちは秒単位ですべきことを意識して生活していることはほとんどないでしょう。ゆえにその数字に少し奇妙なリアリティを感じませんか。

灰色の男は、ある目的遂行のために大人たちに時間の倹約を強要します。大人たちは言われてみると確かに無駄にしていたかもしれないと唯々諾々と自分の時間を差し出してしまいます。しかも時間を銀行に貯蓄したことを後から思い出すことができないのです。するとどうなったか。

時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとりみとめようとはしませんでした。(中略)人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。

時間とは不思議なものです。たくさんあっても退屈ということはあるし、限られても夢中になって過ごすこともできます。それに気づきやすいのは子どもかもしれません。大人は騙せた時間どろぼうも「子どもに時間を節約させるのは、ほかの人間の場合よりはるかにむずかしい」と警戒しています。

この世界の時間が何ものかに奪われているのではないかと気づいたのがモモでした。すっかり変容してしまった世界で、時間を司るマイスター・ホラ、時間の圏外で生きているカメのカシオペアの助けを借りて、モモだけが自分の時間が何でできているのかを理解することができました。

モモは灰色の男たちの謀略を阻止すべく、元の世界を取り戻すために奮闘します。周りの人たちは「退屈致死症」にかかってしまったため頼ることもできません。モモの力をおそれて接触してきた灰色の男は「取引」をもちかけもします。

モモはときに大きな壁にあたってこれまで感じたことのない孤独にさいなまれたりもしますが、諦めません。マイスター・ホラの前で「じぶんの時間をだれにもうばわせはしない!」と決意しているからです。

その冒険の果てに世界はどうなったのか。モモは最後にどんな光景をみたのか。灰色の男たちはどうなったのか。その結末は本書を読んで頂くことにしましょう。

「モモ」の読後に思うことは、人はいつから時間に追われるようになるのか、自らの時間をすべて自分のために使えなくなったか、ではないでしょうか。はっきりと思い出すことはできないでしょう。むしろ思い出せないという事実が、いつのまにか大人になってしまった証拠だと言えるのかもしれません。

「モモ」にこんな文章があります。

時間をはかるにはカレンダーや時間がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。というのは、誰でも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるからです。
なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住みかとしているからです。

本来自分のものであるはずの時間がどんどん減っているし、何ものかに追われている気さえする。そんなときに「モモ」は一度立ち止まって、自分の生活を振り返ってみることの大切さを教えてくれるのです。(成相裕幸・ライター)

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モモ

作:ミヒャエル・エンデ 訳:大島かおり 出版社:岩波書店 

作者プロフィール

ミヒャエル・エンデ

1929‐1995。南ドイツのガルミッシュに生まれる。父は、画家のエトガー・エンデ。高等学校で演劇を学んだのち、ミュンヘンの劇場で舞台監督をつとめ、映画評論なども執筆する。1960年に『ジム・ボタンの機関車大旅行』を出版、翌年、ドイツ児童図書賞を受賞。1970年にイタリアへ移住し、『モモ』『はてしない物語』などの作品を発表。1985年にドイツにもどり、1995年8月、シュトゥットガルトの病院で逝去。(本書プロフィールより)