誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
決まっているけどわからない……ツチヤさん
この疑問文の「どっちが最初?」を「どっちがおおもとの原因?」と解釈すると、答えはたしかに永久に出ない。たまごがあるなら、その原因として親鳥がいなければならないし、親鳥がいるなら、その親鳥が生まれた原因としてたまごがあったはずだ。でも、親鳥のたまごがあったということは、その原因として、親鳥のたまごを産んだおばあさん鳥がいたはずで、だとすると、そのおばあさん鳥が生まれた原因になるたまごがなければならないはずで……と、あとは無限ループ。
でも、原因の、原因の、そのまた原因の……って原因をたどって考えると、僕たちには永遠に答えが出せないのに、現実にはどこかの時点で、たまごか鳥かのどちらかが最初に生まれたはずなんだ。でなけりゃ、いま、たまごや鳥がこの世に存在しているはずがないのだから。だとすると、僕らには「おおもとの原因」がどちらかは決してわからないのだけど、それにもかかわらず、一番最初がどっちであったかという「事実」は現に決まっているってことになる。
……うーん、なんだかちょっと釈然としないな。もしかしたら、この考え方の中には、何か大きな誤解が含まれているのかもしれない。
言葉では説明できない……コーノさん
あなたが「鳥」と呼んでいるものと、鳥の先祖とのあいだにはっきりとした線が引けるかな? 色で考えてみよう。紫色には度合いがあって、赤っぽい紫と紫っぽい赤のあいだは連続している。赤っぽい紫は、もっと赤みが強くなってしまうと、もう紫とは呼べないで、「少し紫っぽい赤」になってしまう。でも、そのあいだの違いはほんの少しだよね。
世界に存在するモノって、こうした色のように連続していることが多い。生き物も同じで、これは鳥だって呼べるような生き物と、そのたまごを産んだ親とでは違いはあんまりない。だから、鳥とたまごのどっちが先とか考えても、はっきりした答えは出せないんだ。鳥に近い先祖がたまごを産んで、そのまた子どもがたまごを産んで、だんだんいま存在している鳥になっていったんだ。富士山の裾野ってだんだんなだらかに平らになっていくでしょ。どこが富士山の始まりかといっても、はっきりした始まりがあるわけではない。それと同じだよ。あなたがそういう問いを思いつくのは、言葉で考えて質問を思いついたからじゃないかな。言葉はモノと違って、それぞれがはっきり区別されているよ。言葉のあいだのはっきりした区別に対応するように、モノの間にもはっきりした区別があるんじゃないかと錯覚してしまうんだ。でも現実は言葉のちがいほどはっきり区別されていないことが多い。
最後に残ったものが…… ムラセさん
ツチヤさんとコーノさんの話を合わせると、最初に何かがあったのは確かだけど、それはいわゆる「鳥」ではないようなもので、それを表す言葉はないって感じかな。
この「最初はどっちか」という問いって面白いよね。鳥とたまご以外にもいろんなものを比べることができそうだ。たとえば、おにぎりとお米。これは、お米って答えることができそうだ。だってお米がないとおにぎりは作れない。じゃあ、1と2はどうかな? 1と2はどっちが最初に生まれたのかな? なんか1な感じがする。だって、2は1と1からできている……本当かなあ?
他にはどんなものを比べることができるだろう? 男と女とかはどうだろう。これも、鳥とたまごみたいに、最初に何かがあって少しずつ分かれていったのかな? こうやって、いろんなものに決着をつけていって、最後に残ったものが最初の最初に生まれたものなのかもしれないね。
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<5人の哲学者をご紹介>
河野哲也(こうの・てつや)
立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。
土屋陽介(つちや・ようすけ)
開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。
村瀬智之(むらせ・ともゆき)
東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。
神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。
松川絵里(まつかわ・えり)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。
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