誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
心から納得していないから…ゴードさん
ただの「悪いこと」と「犯罪」は違う。犯罪というのは、法律で禁止されている悪いことで、してしまったら罰を受けなければならない。罰を受けるとわかっているのに、なぜそんなことをするのだろう。
たぶん、犯罪をする人は、「どんな理由があっても、絶対にやってはいけない」と納得していないのだと思う。たとえば、私たちは、「泥棒はいけないことだ」とふだんなんとなく感じている。でも、どんな理由があっても絶対に盗んではならないのだと心から納得していなければ、おなかがペコペコで倒れそうだとか、怖い人に命令されたとか、何か理由ができたときには、つい泥棒してしまうのではないかな。
私たちはニュースを見ながら、「どうしてあんな犯罪をするのかな」なんてつぶやくことがあるけれど、どんな理由があっても絶対にダメだと心の底から納得している人は、本当はとても少ないと思う。多くの人が犯罪をしないのは、きっと、単に「法律できまっているから」とか「罰を受けたくないから」というだけだ。ということは、なんとなく法律に従っているあなたも私も、理由ができたら、罪を犯すのかもしれないよ。
損得を計算するよ……ツチヤさん
たしかにゴードさんの言うように、僕たちがそんなに簡単に犯罪をしない理由は、罰があるからだろう。たとえば、単に気に食わない人がいるからといって、それだけの理由でその人を殴ったら、そのことによって長いあいだ刑務所に入ることになる。殴ることで一瞬はスッキリした気持ちを味わえるかもしれないけど、その一瞬のために刑務所に入るというのは、あまりにも割に合わない。そこで多くの人は、頭の中で行為とその結果の損得を計算して、殴るのをやめる(犯罪をしない)という選択をするんだ。
でもだとしたら、損得計算をした結果、罰せられる「損」よりも犯罪をする「得」の方が上回ると判断した場合には、犯罪をやめる理由はなくなるということになる。たとえば、ある人にだまされて人生をメチャクチャにされたならば、刑務所に入る「損」を覚悟した上で、その人を殴り倒すという「得」を選ぶこともあるかもしれない。したがって、僕たちが純粋に損得計算に従って生きているならば、犯罪をする理由は犯罪の「得」が罰の「損」を上回っているからだ、というふうに説明することもできるわけだ。
でも、僕たちは実際には、純粋に損得計算だけに従って生きているわけではない。だから、すべての犯罪がそういう計算の結果として生じているのかといえば、そうではない気もするんだよね。
法律が悪い場合も……コーノさん
あなたも、ゴードさんもツチヤさんも、犯罪者は悪い人だと思っているんじゃないかな。それはぜんぜん違う。このことはよく理解しておいたほうがいい。善い人だからこそ、犯罪者になってしまうこともあるんだ。
犯罪とは、その国の法律を犯すことだ。でも、世界の中にはいろいろな国があって、なかにはとてもひどい法律を作っている悪い政府がある。少数の人が自分たちに都合のいい政府を作っていて、それに反対したり、抗議したりする人はみんな犯罪者として捕まえたり、死刑にしてしまうことがある。むかしの日本でも、いまから見ると素晴らしいことをした人が投獄されたこともたくさんあった。それにそんなにむかしじゃなくても、日本にもひどい法律があった。そんなに危険じゃない病気の人を閉じ込めておいたり、自分たちと生活習慣の違う人たちの生活を無理に変えようとしたりしていた。それに従わない人は犯罪者だとされたんだ。
現代でも、私たちから見れば善いことをした人が犯罪者として捕まりそうになって、たくさん外国に逃げている国もある。外国の私の友人でも「犯罪者」とされてしまっている人は何人もいる。でも、その友達はむしろ、みんな人々の幸福を願う立派な人たちで、私は尊敬している。そういう人たちが「どうして犯罪をするのか」というと、その人たちは正しいことをしていて、悪い法律を作る悪い政府があるからだよ。
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<5人の哲学者をご紹介>
河野哲也(こうの・てつや)
立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。
土屋陽介(つちや・ようすけ)
開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。
村瀬智之(むらせ・ともゆき)
東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。
神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。
松川絵里(まつかわ・えり)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。
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