誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
みんな働きすぎでは?……コーノさん
なぜ働くのかの理由は二つある。一つはお金を稼いで生活するためだね。もう一つは仕事が楽しいから。最初の理由はわかるよね。仕事をするとお金が稼げる。稼いだお金で食べ物を買って、家を借りて、電気代、ガス代、水道代を払って、旅行やゲームや映画のために使うんだ。お金がないと現代社会では生きていけない。だから、多くの人は、生きるために働いている。
でも、仕事そのものが楽しいという人もいる。プロ野球選手なんて、野球が好きで野球をやってお金までもらえるんだから最高だよね。もし仕事そのものがあんまり面白くなくて、かなりつらくても、人の役に立つ仕事をすると、人から感謝されたり、喜んでもらえたりする。それがうれしいから仕事をしているという人もいる。
でも、君が聞きたいのは、そういうことかな。なんで、大人たちは、あんな忙しい忙しいって働いているのかな。そんなに働いてばかりいる必要はないんじゃないか。君はそう疑っているのじゃないかな。実は、生きるのに必要なものを手に入れるためには、みんないまほどは忙しく働かなくてよいと思うんだ。そんなに必要でないものを手に入れるのに、みんなすごく大変な思いをして仕事をしている。それってわざわざ自分を苦しめていて、変だよね。
社会の中で役割をもつ……ムラセさん
コーノさんは、お金と楽しみが働く理由だ、と言っているね。じゃあ、僕は、別の理由を考えてみよう。
突然だけど、君はなんて自己紹介するかな? 「○○小学校□年○組の××です」とかかな。でも、卒業した後は、どうしよう? 中学校や高校、大学に行く人もいるかもしれないけど、やっぱりいつかは卒業する。そうしたら、なんて自己紹介したらいいんだろう。もし働いていれば、「〇〇の××です」って言うことができる。「○○社の××です」とか「医者の××です」とかだ。「〇〇の」がないと、自己紹介って難しいね。だって、名前だけでは、自分がどんな人で何者かがわからないからだ。「〇〇の」と言えるのは、働いている場所があるからだ。そして、働くというのは、自分だけの問題ではなく、誰かと関わり合っているということでもある。社会の中で何かの役割を引き受ける。だから、「〇〇の」と言えると、どんな人かわかるし、なんだか認められた気がする。つまり、働く理由の中には、誰かと関わり合って社会の中で役割を引き受けながら生きていくため、というものもあるんだ。
逆に、多くの人にとって、「○○の」と言えなくなると、なんだか社会から認められていない気がして、不安になってしまう。大人は妙に一生懸命に働いているけど、それは、そうしないと、「〇〇の」がなくなって、自分が誰でもないみたいに思えて不安だからだ。そうして、みんな働きすぎてしまうんだね。
アマチュアとプロ……ツチヤさん
二人の話を聞いていると、どうやら人が働く理由はお金だけじゃないみたいだ。楽しかったり、人から感謝されたり、社会の中での役割を引き受けて社会に認めてもらったりすることも、たしかに「働く」ことの重要な要素だ。でもそれが一方で「お金」や「生活」ともやっぱり深く結びついているというのは、よくよく考えてみるとちょっと不思議な感じもする。
たとえば、楽しんだり、人から感謝されたり、社会の中で自分の役割を果たしたりしたいのなら、ボランティアや趣味でもいい。別にそれをお金と結びつける必要はない。でも、いかに何かを極めていたり活躍したりしている人でも、それでお金を稼いでいない人は「アマチュア」と呼ばれ、「プロ」とは区別されてしまう。そして「プロ」は、それでお金をもらって生活していることによって、一段上に見られたり、尊敬されたり、特別な責任を求められたりするんだ。こう考えると「働く」って、実はちょっと独特で奇妙なことなんだね。最後にもう一つ。みんなのお父さんやお母さんは、みんなのためにご飯を作ったり、掃除をしたり、洗濯したりしていると思うけど、それでお金をもらっているわけではないよね。これは「働いて」いるのかな?
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<5人の哲学者をご紹介>
河野哲也(こうの・てつや)
立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。
土屋陽介(つちや・ようすけ)
開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。
村瀬智之(むらせ・ともゆき)
東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。
神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。
松川絵里(まつかわ・えり)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。
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