誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
弱いけど偉大……コーノさん
17世紀のフランスの哲学者であり、数学や物理学も研究したパスカルという人の言葉だね。葦(あし)というのは、水辺に真っすぐに生える、柔らかくて弱い草のことだ。パスカルによれば、宇宙の大きさや偉大さから見れば、人間も葦と同じくらい弱くてもろい。すぐに倒れてしまうし、死んでしまう。それでも、人間はとても偉大な存在なんだ。
というのは、人間は自分が何者だか知っているからなんだ。人間は自分がもろくて、病気やケガをしやすいことや、最後には自分が死んでしまうことを知っている。惑星や太陽はどんなに大きくて力強くても、意識もないし、考えることもない。動物は意識は持っているかもしれないけど、「自分は命の短い不完全な存在だ」とか考えていないので、自分がどういう存在なのか、宇宙の中でどんな立場にあるのかとかわからない。だから、人間のすべての尊厳は、考えるという思考の働きにあると、パスカルは言うんだ。人間以外の存在は、自分のことを省みたり、考えたりすることができない。思考できる人間だけが特別だと言うんだ。
この言葉はとても有名だけど、なぜ、思考できると偉大なんだろうね。実は、私は、この言葉の良さがもう一つわからないんだ。それに、考えているのって人間だけなのかな?
考えるのはつらいことも……ツチヤさん
なぜ思考できると偉大なんだろう。コーノさんのこの疑問を手がかりに考えてみよう。
考えるって、楽しいことかな? 楽しいときもある。特に僕みたいに考えるのが好きな人は、この本に出てくるような哲学的な問いをあれこれ考えるのはとても楽しい。でも、そんな僕だって、ときには考えるのがめんどくさくなることもある。考えることで苦しくなったりつらくなったりすることもある。簡単に解決できない深刻な悩みを抱えているときなんかは、特にそうだ。考えるって決していいことばかりじゃない。中学校で哲学対話の授業をしていても、「頭を使って一生懸命考えるのってすっごく楽しい!」って感想を言ってくれる子が必ずいる一方で、「考えるのはめんどくさいことなのに、なんでわざわざ考えなくちゃいけないの?」って言ってくる子も必ずいる。考えるのが「楽しい」って感じる人も「つらい」って感じる人もいるっていうのは、どうやら否定できない事実みたいなんだ。
でも、だとしても、考えるってやっぱり大切で必要なことだとも思うんだ。だって、どんなめんどくさい問題でも、その問題から目をそむけずにしっかり考えなければ、問題を解決したり、少なくとも、よりましな状態を作り出すことはできないから。するとここで、新しい疑問が生じる。なぜ、よく考えると問題を解決したりすることができるのだろうか?
考えなければつらいまま……ゴードさん
それなら私は、ツチヤさんの問いを引き受けて考えてみるよ。なぜ、よく考えると問題を解決できるのだろう。
問題を解決するときにはどんなふうに考えているか、具体例で考えてみよう。たとえばおなかが痛くなってしまったとき。これは大問題だよね。私だったらまずは、どうしたら痛くなくなるかと対処の方法を考える。おなかを温めたり、トイレに行ってみたりして、前に効いた方法を一通り試してみる。少し落ちついてきたら、次に、どうしておなかが痛くなってしまったのかと原因を考える。そして、さっき牛乳を飲みすぎちゃったからかな……と心当たりがあったら、今度は飲みすぎないように気をつける。そうすれば、おなかが痛くなることも少なくなって、問題解決だ。
もしもぜんぜん考えずにいたら、ずっと痛いままで我慢しないといけないよね。だから、考えるのはたしかにめんどくさいこともあるけれど、やっぱり、考えないでいるより考えた方が楽だ。……あ、でも、痛いのを我慢して何も考えずに遊んでいたら、治ってしまったこともある。ということは、やっぱり、考えなくてもいいのかな?
ところで、こうやって問題の対処法や原因を「考える」のは、人間だけなのだろうか。他の生き物ものだって、そのくらいのことは考えていそうに見えるけれど。私のこの疑問については、あなたが続けて考えてくれたらうれしいな。
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<5人の哲学者をご紹介>
河野哲也(こうの・てつや)
立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。
土屋陽介(つちや・ようすけ)
開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。
村瀬智之(むらせ・ともゆき)
東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。
神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。
松川絵里(まつかわ・えり)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。
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