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ざしきわらしはほんとうにいる? <子どもの哲学>

 誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。

いると思う理由を探そう……ツチヤくん

 この問いを考えてくれたあなたは、いとこの中学生のお兄さんが遊びにくるたびに「ざしきわらしと戦った」話をしてもらっているんだよね。みんなにも似たような経験があるかな? ざしきわらしって、その家に幸せをもたらす妖怪だって言われているんだよね。いとこのお兄さんは、ざしきわらしとしょっちゅう戦っているみたいだけれど、どうして幸せをもたらす妖怪を追い出そうとしているんだろう? いつもどんなふうに戦っているのかな? そもそも勝ち負けってどうやってつくんだろう?

 細かい疑問はいっぱいあるけれど、いちばん気になるのは、お兄さんはどういうときにざしきわらしがいるって感じるのかということだ。いつのまにか物がなくなったり、誰もいないところで気配を感じたりするときかな? 

 たしかにそういう不思議なことが起こると、僕たちはすぐに「妖怪のせい」って言いたくなるかもしれない。でも、このときに大切なのは、それが「妖怪以外」の原因でも起こりうるかどうかを一つ一つチェックしてみることなんだ。物がなくなったのは、お母さんがゴミと間違えて捨てちゃったからかもしれない。気配を感じたのは、ただ単に体調がおかしかったからかもしれない。そういう可能性を一つ一つチェックしてみて、原因はざしきわらし以外には考えられないということがはっきりしたら――つまり、ざしきわらし以外の可能性を考えるとどれも筋の通った説明ができないことがはっきりしたら、そのときはじめて、ざしきわらしは存在していると真剣に主張できるんだ。でも、そもそもなんでざしきわらしなんだろうね?

物語として楽しもう……コーノくん

 面白いお兄さんだね。でも、もしこれが「強盗と戦った」だったら、どうかな。そんな怖い話は、何度聞いても面白くはないよね。「クマと戦った」だとしたら、どうかな。「危険だから逃げたほうがいい」って思うよね。強盗やクマはほんとうにいる。それらとお兄さんが戦うのはすごく危険で、そういう深刻な話をされても、君はあんまり楽しくないんじゃないかな。

 でも、ざしきわらしの話は面白いし、お兄さんもどんどん次の話をしてくれる。ほんとうかどうかはわからないけれど、ワクワクするよね。だから私たちに聞かないで、そのお兄さんに「ざしきわらしってどういうもの?」ってたずねてみたら? もっといいのは「ざしきわらしはほんとうにいるの?」なんて考えないで、お兄さんにもっと話をしてっておねだりしてみたらどうかな。そして、お兄さんの話をもとに、自分でも話を考えてみるといいよ。

 一つだけ、そのお兄さんに私からのメッセージを伝えて! 『遠野物語』という本が面白いよって。ざしきわらしの話が出てくる、とっても楽しい本だよ。

ほんとうかどうかとは別の意味がある……ムラセくん 

 面白いお兄さんだね。

 コーノくんは「ほんとうにいるか」なんて考えないほうが、面白い話を聞けるってアドバイスしてくれた。たしかに、むかし話だって『ハリー・ポッター』だって、ほんとうに起こった物語ではないけれど、十分に楽しいし、続きが知りたくなる。面白いとか続きが知りたくなるという点だけで考えるのなら、ほんとうの話と物語にはそんなに違いがないのかもしれないね。

 物語が面白い理由ってなんだろう? 一つは、その物語によって何かが表現されているからだ。ほんとうに起こったことではないけれど、ほんとうかほんとうでないかということとはもっと離れたところにある別の何か――別の真実。それが表されているから、物語は面白い。だとすると、ほんとうかどうかを知りたいという気持ちは、余計なものなのかもしれない。

 だけど、同時に「でもほんとうはどうなんだろう?」と思う気持ちもよくわかる。やっぱりほんとうのことを知りたいからだ。ほんとうのことを知ってしまうと、悲しかったり、つらかったりすることもある。でもほんとうのことは、楽しいとか面白いというのとは別に、知りたくなってしまうものなんだ。こういう「ほんとうのことを求める気持ち」はとても大切なものだけれど、楽しんだりするときにはなくてもいいのかもしれないね。

まとめ 人が物語を考えるわけ……ゴードさん

 お兄さんはざしきわらしがいるって言うけれど、自分では見えないから、ほんとうにそんな妖怪がいるのかどうか知りたいというんだね。

 ツチヤくんは、ほんとうにざしきわらしがいるかどうか、確かめるための考え方を教えてくれている。何か不思議なことが起きたときに、その原因になりそうなことを一つ一つチェックしてみて、ざしきわらし以外の原因がなさそうであれば、ざしきわらしはいるということになるんだって。

 でもコーノくんは、そんなふうにほんとうにいるかどうか確かめなくてもいいかもしれないと言っている。どうやらお兄さんは、ほんとうに危険な目にあっているわけではなさそうだよね。それなら、もっと面白いお話をしてもらえるように、お兄さんにたくさん質問してみるといいかもしれない。

 ムラセくんは、話に出てくることがじっさいに起きているかどうか知りたいという気持ちと、話を楽しみたいという気持ちについて、考えている。話の面白さと、話がほんとうかどうかということは、関係あるかな?

 話がほんとうでなかったとしても、その話を聞くのが楽しいということは、たくさんありそうだよね。でも、全部うそだってわかってしまったら、なんだかつまらなくなってしまう気もする。これは不思議だね。ほんとうかどうか確かめたい気持ちと、わからないままにしておきたい気持ちの両方が、心のなかにあるんだね。どうしてそんな気持ちになるんだろう。それに、どうして人は、ほんとうかどうかわからないような面白い話をたくさん考えるんだろうね。
「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中

<4人の哲学者をご紹介>

コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)

慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。

ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)

千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。

ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)

千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。

ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。

 

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