誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
好きなことなら集中できる……コーノさん
お母さんに「集中しなさい」と言われるけれど、なかなか集中できない。どうしたら集中できるの、という問いだよね。それは勉強のこと? それとも、お稽古事かな? いずれにせよ、自分の好きなことじゃないよね。ひと言で言うと、面白くないから集中できないんだよ。私は大学で哲学の研究をしているけれど、面白い研究なら、何時間やっていてもあきないし、食べることも忘れて集中できる。でも、つまらないことは三十分でも退屈して、苦痛だよ。つまらないことに集中できないのは、大人でも同じだね。
たしかに、なんとか一定の時間だけ集中力を持続させる方法はあるかもしれない。でもそうした方法で、君がそのとき少しの時間だけ集中できるようになったとしても、長い目で見るとあまり問題の解決にならないな。もし勉強に集中したいのなら、その勉強が面白いと思えるようにならなくちゃいけない。君が勉強を面白く思えないのは、それが自分にとってなんの役に立つのか、世のなかでどのような役に立っているのか、わからないからじゃないかな。そんなときはお母さんに聞いてみて。「どうしてこれをやらなくちゃならないの?」「この勉強は将来どんなふうに役に立つの?」って。
環境を変えてみよう……ムラセくん
たしかに、面白いと思えれば自然と集中できる。だけど、身のまわりにもっと面白いものがあったら、どうかな?
ここにもう一つ、集中するためのヒントがある。どんなに勉強を好きになっても、それをテレビの前で、しかも自分の好きな番組の時間にやろうとしたら、集中するのはけっこう難しい。集中するためには、自分とその集中したいもの以外のまわりの状況も重要だってことだ。喫茶店に行ったことはあるかな? 休日の喫茶店では、高校生や大人が勉強や仕事をしたりしている。それは、集中するためにはまわりの状況も重要だってことを知っているからだ。
もちろん、自然と集中できるのが一番だけれど、無理そうなら、まわりの状況をちょっと工夫してみよう。たとえば、勉強をするための場所をつくるなんてどうだろう。そのまわりにはテレビやゲーム、君の好きなものは置かないようにしよう。「集中できるようになる」なんて言うと、自分の心を鍛えたり、自分の性格を変えなければならないと思う人が多い。けれど、環境を変えるだけでも、けっこう集中できるようになる。これってちょっと不思議だね。
子どもは落ち着きのないもの……ツチヤくん
ムラセくんが教えてくれているのは、集中しづらいときに集中できるようになる「テクニック」で、それに対してコーノくんは、そもそもどうすればそんなテクニックに頼らなくても自然に集中できるようになるか、という点からこの問いに答えている。
二人の答えはそれぞれその通りだと思うけれど、僕は二人の話を聞いていて、そもそもなんで集中できなくちゃいけないんだろうっていう新たな問いが浮かんだ。特に、いろいろなことに興味が向いている子どものころに、ちょっとでも気が散るとすぐに「集中!」「集中!」って大人に怒られていたのって、いまにして思うとなんだか理不尽だった気がする。集中できることは、はたしてそんなにえらいことなんだろうか?
この本で行っている哲学対話をじっさいにみんなで集まって行うイベント「哲学カフェ」で、この前たまたま聞いた話なんだけれど、都会に住んでいるある子は、まわりから落ち着きがないと言われて、学校でも怒られてばかりだったんだって。でも、その子が田舎に引っ越したら、そこの大人たちは、その子の落ち着きのなさを「子どもってそういうもんだよ」と言って認めてくれて、その子は楽になれたんだって。
僕はこの話を聞いて、好奇心旺盛な子どもにとって、落ち着きのなさはむしろ子どもの大切な特徴なんじゃないかって思った。そんな子どもを毎日毎日、長い時間狭い教室に閉じ込めておいて、少しおしゃべりしたぐらいで「集中しなさい!」なんて言う大人のほうが、ほんとうはおかしいんじゃないのかな?
まとめ ほんとうは何に集中したいの?……ゴードさん
「どうしたら一つのことに集中できるの?」という疑問から考えはじめたのだけれど、三人の話を聞いていたら、この疑問は、じつはとても大事なことが省略されていると気がついたよ。
大好きで、面白くて、いまいちばんやりたいことだったら、無理しなくても自然に集中してしまう。だから、ほんとうの疑問は「面白いと思えなくて、いまやりたくないことでも、どうしたら集中して取り組めるの?」というものだったんだ!
それなら、集中する方法を考える前に、まず「どうしてそんなにつまらないことをやらなければならないのか」という問題を考えたほうがよさそうだね。やっぱりどうでもいいことだと思ったなら、集中なんかしないで適当にこなせばいいし、もしかしたらやらなくてもいいのかもしれない。ツチヤくんの言うように、一つのことに集中するより、気になることをどんどんやってみたほうがいいのかもしれない。
逆に、つまらなくても大切なことだと納得がいったなら、そこではじめて、集中するための方法を試せばいい。コーノくんは、それの面白いところや役に立つところを知って、自分でも面白がれるようになろうと言っている。つまらなくても大切だ、と納得できたなら、もうその面白さのヒントをつかんでいるのかもしれないね。
ムラセくんは、集中しやすいように環境を変えてみようと言っている。自分の好きなものをまわりに置かないというのは、いいアイデアだね。ほかにも、集中しやすい場所の特徴はあるかな? これは考えてみる余地がありそう。
そして最後に、こんなふうに工夫してうまく集中することができたら、もう一度考えてみてほしい。それって、ほんとうにつまらなかった? どうしてつまらないと思ったのかな?
コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。
ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)
千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。
ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)
千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。
ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。
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