大阪・関西万博まるわかりガイド【月刊ニュースがわかる7月号】

インド・パキスタンが武力衝突

インドとパキスタンが、りょうあらそっているカシミールほうりょくしょうとつしました。インドは5がつなの、パキスタンがわはいいきりょうないにあるテロリストのきょてん9カしょこうげきしたとはっぴょうしました。(「Newsがわかる2025年7月号」より)

 パキスタンのメディアによると、どもをふくすくなくとも31にんぼうし、57にんしょうしました。インドがわはいいきでは4がつ22にちじゅうげきテロけんかんこうきゃくら26にんせいになっていました。

 インドせいはパキスタンがかんしたとして、ほうふくするかんがえをしめしていました。パキスタンはかんていし、こんかいこうげきたいしてインドぐんせんとう5げきついしたことをあきらかにしました。かくへいくにどうたいりつふかまりました。

 りょうこくは5がつ10とおこうげきをすぐにやめてていせんすることにごうしました。りょうこくぐんかんけいしゃでんはない、まったといいます。アメリカのトランプだいとうりょうどうじつぶんこうりゅうサイト(エスエヌエス)で「アメリカがあいだはいってはない、りょうこくていせんごうした」ととう稿こうしました。こんかいていせんじっせきとしてアピールしたかっこうです。ただ、ごうそうほうあいごうはんしゅちょうするなど、きんちょうつづきました。

インドの攻撃を受けた建物近くに立つパキスタン兵=カシミール地方のパキスタン側支配地域で5月7日、ロイター/共同

 宗教めぐり続く領土争い   インド、パキスタン両国が1947年にイギリスから独立するまで、カシミール地方はイギリスの下で「藩王」という君主が治めていました。住民の多くがイスラム教徒のためパキスタンに属することを望みましたが、ヒンズー教徒の藩王はインドに属することを表明。領土をめぐる戦争が起き、1949年の停戦で約3分の2をインド、残りをパキスタンが支配する形になりました。その後も2度の戦争が起きています。

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